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 翌日の夕方、郁は梅沢から貰ったメッセージを頼りに『雄っぱいパブ ダブルスター』へと来ていた。繁華街のビルの地下にあるその店の前には売上の多いキャストの写真が貼られている。その乳首部分が星のシールで隠されていて、郁は思わず、ダブルスター、と呟いてから、なるほど、と小さく笑った。 『営業前だけど店開けてくれてるから表から入ってね』という梅沢からのメッセージをもう一度確認してから郁は、少し緊張して店のドアを開けた。 「すみません……オーナーさんはおられますか?」  まだ全てのライトが点いていない店に入った郁が中に声を掛ける。奥から、はーい、と声が届き、続いて落ち着いた足音が聞こえてきた。 「あの、梅さんの紹介で面接を受けに参りました……」 「ああ、君が『郁ちゃん』? あいつから聞いてるよ。オーナーの笹井です」  三つ揃えのスーツを着た男がこちらに微笑む。梅沢よりもガタイが良いが、眼鏡と落ち着いた髪型のせいか、その雰囲気は柔らかく感じた。確かに梅沢とはお似合いだ。羨ましい。 「事務所で軽く面接するね。とはいえ、絶対採用してって言われてるから採用なんだけど、細かい話もしたいから」  付いてきて、と笹井が歩き出す。郁はそれに付いていった。 「うちは雄っぱいパブだから、お客さんもキャストもみんな男。それに抵抗はない?」  事務所の椅子を勧められ座ると、笹井は事務机を挟んだ向かいの椅子に腰掛けた。 「はい。それはもちろん」 「そっか。あとは、衣装はレンタルで、基本こっちから指定するから……郁くんは華奢だから衣装発注しないとダメかもな」 「……すみません……ぺったんこで……」  笹井の言葉に郁が頭を下げると、そこに笑い声が響いた。 「確かにぺったんこだけど、可愛いし、そういう需要もあるかもしれないからね。あ、でも基本はサラリーマンなんだっけ?」 「はい。なので、出勤が十時頃になるんですが……」  閉店が十二時なので二時間ほどのバイトということになる。それでも笹井は、いいよ、と頷いた。 「そういう子、結構いるから。とりあえず会社バレは気を付けてね。郁くん、華やかな顔してるから会社でも目立ちそうだし」 「それは、大丈夫です」  普段から会社ではモブを目指している。ほとんどの社員に気に留められない存在になっていることは自分でも分かっていた。 「お金が目的じゃないんだって? 聞いた時笑ったけど、難儀な体だよね」 「……梅さん、そんなことまで話したんですか……」 「初めての人に開発されたってとこまでね」  笹井に笑われ郁は恥ずかしくなって顔を伏せる。さすがに初対面の相手にそんなディープな性癖をさらりと言われるとどうしたらいいか分からない。 「……お聞き苦しい話ですみません……」  『胸だけでイケるようになったらもっと可愛いよ』『郁の小さな胸は可愛い』なんて言葉を鵜吞みにして、彼につき合ってしまった自分が今は本当に恥ずかしい。  けれど笹井は、そんなことないよ、と首を振った。 「あいつも、郁くんが可愛くて話したんだよ。責めないであげて」  笹井が優しい顔をする。それだけで梅沢との交際が順調だと知れて郁は頷くしかなかった。何度も言うが羨ましい。 「じゃあ、いつから来れる? とりあえず平日に来てもらって慣れて貰いたいんだけど」 「じゃあ……水曜日とか」  郁の提案に笹井が、いいよ、と頷く。それから、しばらくは水曜と木曜固定にしようか、とこちらを窺う。郁は、おねがいします、と頭を下げた。 「よろしくね、郁くん」  その言葉に、なんだか少しだけいい予感がして、郁は、はい、と笑顔で頷いた。
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