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「……姐さん、どうしたらそんな魅力的な雄っぱいになれますか?」  店のキャスト控室、着替えをしている先輩キャストの皇紀の隣を陣取り真剣な目を向ける郁に、皇紀が驚いた顔でこちらを見てから、吹き出すように笑った。  皇紀はこの店のナンバーワンキャストだ。胸は大きいのにさほどガタイが大きいわけでもない。顔は男らしいのにどこか聖母感があって男がその胸に縋りつきたくなる気持ちがとてもよく分かる。 「ミヤちゃんって、触られたくて入店したんだっけ?」  オーナーが不思議な子が入るよって言ってた、と返され、郁は、まあ間違ってないです、と頷く。  店では本名というわけにはいかないので苗字の一字の読みを変え、『ミヤ』と名乗っている。確か皇紀が付けてくれたはずだ。この店ではナンバーワンキャストが新人の世話を焼くルールになっているらしく、入店から二週間で、郁も皇紀と仲良くなれた。だからこそ、こんな質問をぶつけている。 「ごめんね、私のこれ、生まれつきなんだ。でも、お客さんに揉まれてるうちに、ちょっと大きくなったっていう子もいるから、ミヤちゃんもそのタイプかもしれないよ」 「……まず揉める部分がないんですが……」  郁は着ている衣装のボタンを外して皇紀に胸を晒した。ぺったんこなそれを見て皇紀が困った様に眉を下げる。 「で、でも、その衣装、すごく似合ってる! うち、結構ガタイのいい子多いから、バニーちゃん似合う子少ないんだよ。フロアでも目立ってたよ」  郁に与えられた衣装は、丈の短いファーベストに同じ素材のホットパンツ、尻のところには丸い尻尾がついていて、頭にはうさぎ耳のカチューシャを付けたものだった。 「バニーって、セクシーな方じゃなくて完全に『うさぎ』のほうですけどね……」  目立っていたのは奇抜な衣装のせいだろう。それに比べ皇紀はシルクのシャツにぴたりとした黒のパンツというシンプルなものだ。けれどその白いシャツ越しにふわりと見える胸は、それだけで魅力的だった。  そう考えるとオーナーの衣装の選定は間違っていないのかもしれないが、そう思うと同時にその差に愕然とする。 「焦らなくていいよ、ミヤちゃん。そのうちちゃんとミヤちゃんの魅力が分かる人が出てくるから。だってミヤちゃん可愛いもの」  郁の衣装のボタンを留め、皇紀が郁の頬を優しく包む。それから自分のメイクポーチから口紅を取り出すと、それを郁の唇にほんの少しだけ塗った。 「ほら、可愛い! 今日は週末だし、これでお客さんに付けるといいね」  皇紀が優しい笑顔を向ける。その笑顔には癒されるがかなり不安を抱えながら、それでも郁はそうあってほしいと頷いた。  金曜日はノー残業デーであることが多く、仕事帰りの客も多いと聞いていたが、この日初めて週末店に出た郁は、そのスーツ率の高さに少し怖気づいていた。  郁も今日は定時と共に仕事を終え、まっすぐに店に来たのだが、フロアの様子を見てゆっくりとカチューシャを外した。 「ミヤちゃん、衣装外しちゃダメだよ」  フロアの隅にあるカウンターの中からバーテンダーが声を掛ける。指名のない郁は今日もウエイターなのだが、それでもフロアを歩き回るので段々と恥ずかしくなってしまったのだ。スーツはどうしても昼間の自分を思い出してしまうし、知り合いがいないだろうかと疑ってしまう。 「ミヤちゃん、昼間リーマンなんだっけ? 週末はリーマン客多いからな」 「そうなんです! なんかこの格好でスーツの人に会うの、ちょっと違和感というか……」  郁がカウンターにトレーを置くと、バーテンターはそこに次々とグラスを置いて行った。週末なのでこっちも忙しいようだ。 「あはは、名刺交換したくなる?」 「そこまでじゃないですけど……裸でプールに来ちゃった、みたいな」 「それは恥ずかしいな。でも、ダメ。ちゃんと可愛くしてお酒運んでください」  バーテンターが郁の頭にカチューシャを戻して微笑む。郁はそれに小さなため息をついてからカウンターに置いていたトレーを持ち、フロアへと出ていった。  その途中、他のキャストとすれ違う。 「ミヤちゃん、もうすぐフロアのライト落ちるからちょっと急ぎ目でね」  耳元で言われ、郁は頷いた。今は客とキャストが仲良く酒を飲んでいるだけだが、雄っぱいパブである以上、触れる時間がある。フロアのライトが落ち、音楽のボリュームが大きくなっている間、キャストは客に胸を晒す。キャストが許せば胸へのキスくらいまではしても構わないらしいが、それ以上は店では禁止だ。  その時間は危険なので歩き回ることが出来ない。郁は言われた通り、少し速足で酒を運んだ。
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