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 その唇から漏れた言葉に、郁が驚く。あまりの脈絡のなさに、それが告白であると理解するまで数秒かかった。しかし理解したところで返す言葉が見つからず、そのまま爽平を見つめる。 「どうしてこんなところで、そんな……か、可愛い格好をしてるのか、知りたいです」  頬を赤らめ、それでも真剣な顔を向ける爽平に郁が、可愛いか? と聞いた。爽平が思い切り頷く。 「可愛いです! なんなんですか、その耳とか、尻尾とか! てか、パンツ短すぎません? 宮東さんの脚キレイだけど、それみんな見てると思うとかなり腹立たしいんですけど。あ、あとベストも短いし……宮東さんも、あんなこと、するんですか?」  初めは強い言葉で熱弁していたが、最後はとても不安そうな声になっていた。表情もなんだか情けない。 「……あんなことって……アレ?」  フロアを親指で指し聞くと、爽平が、こくん、と頷く。フロアからはまだ大きな音楽が聞こえていた。 「それが、ここじゃあんまり人気なくて。まだやったことない」  平日は客の数も多くないので、ヘルプでついてもその時間は席を外されるのが常だった。どうせぺったんこですよ、なんて拗ねていたのだが、それを聞いた爽平は大きく息を吐いて、良かった、と呟いた。 「じゃあ、いますぐ店辞めませんか? お金とかの問題なら、俺、協力します。脅されてるなら俺が助けます」 「何言って……」  まっすぐな目が痛かった。どちらでもないし、まして、自分から意気揚々と入店したなんて言えるはずがない。 「宮東さん、俺、本気です」 「僕だって、ちゃんとここにいる理由がある」  ただ爽平には言えないだけだ。けれど爽平は郁の言葉に納得がいかなかったのだろう。焦れたように、宮東さん、と郁を呼び、その肩を掴んだ。 「それを教えて欲しいって言ってるんです」  郁の肩を掴む手に、ぐっと力を入れられ、郁がその痛みに顔をしかめる。それでも爽平は譲る気はないようで、郁の顔を見つめたままだった。 「……教えない」  郁が視線を逸らす。すると爽平は小さく、くそ、と呟いて郁の肩を離し、その代わりに頬に手を添えた。顎を引き上げられたかと思うと、そのままキスで唇を塞がれた。熱い舌が入り込み、郁のそれを絡めて吸い上げ、優しく愛撫していく。突然のことになされるがままになっていた郁が、慌てて爽平の胸を押して引きはがした。 「な、に、して……」 「宮東さんが悪いです。そんな、可愛い顔するから……」 「してない!」  郁が叫んだ、その時だった。  フロアに続くドアが開き、そこに笹井が顔を出した。当然笹井も郁も驚く。 「お客様、こちらはスタッフのみのスペースになっております。お手洗いでしたら通路を反対に進んでいただくと突き当りにございます」  笹井がドアを開け、体を斜めに開く。このまま穏便に、何もなかったことにしてやり過ごそうという事なのだろう。けれど爽平はその意図を汲むつもりはないようで、笹井の顔を見つめたまま動こうとはしなかった。 「嫌です。宮東さんがどうしてここにいるのか知るまで動きません」  爽平の言葉を受け、笹井が郁を見やる。どうすればいいんだ、と言わんばかりの視線に郁は小さく息を吐いた。 「僕は、触られたくてここに居るんだ! ま、まだ叶ってないけど、僕の胸でもいいって人に触って欲しくて居るんだよ! 分かったら帰れ!」  郁が一気に捲し立て、爽平の胸を押す。爽平はそれに抵抗することなく、たたらを踏むように後退った。ドアの向こうまでその胸を押した郁はそこで爽平から手を離すと、そのままきびすを返して控室へと駆けこんだ。ドアを閉めて、そのままずるずるとその場にうずくまる。 「好きとかキスとか……何……てか、何僕話しちゃってんの……」  あああ、と頭を抱え、言葉にならない呻きを漏らす。  心臓がバクバクと今までにない速度と強さで鼓動している。どうしたらいいかわからないくらい動揺しているのも初めてで、郁は大きくため息を吐いた。  キスなんて、これまで何度もしてきた。他人に性癖をばらすことだって初めてではない。なのにどうしてこんなに落ち着かないのか分からなくて郁はぎゅっと自らの体を抱きしめて目を閉じた。
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