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もう一度目を開けたとき、私は、やっぱり、まほろにいた。手の中のシロツメ草は心の中に溶けてなくなった。
ーー満足していただけたでしょうかーー
習字書きが流れてくる。
「はい、とても満足です。料理を食べて、とても大切なことを思い出させてもらいました」
ぽろぽろと涙が止まりませんでした。あんなに重かった体が、どこかスッキリしていることに気が付きました。
「お腹、いっぱいです」
噛みしめるように言う。亮ちゃんに会いたい。亮ちゃんと仲直りしたい。
「それは良かった。こちらこそ、胸焼けする負の感情、いただきました。ごちそうさま。げふ」
「えっ」
どこからか、そんな声が聞こえた気がしました。店主に顔を向けると焦っている様子で天井に向かって、しっと、人差し指を立ててジャスチャーして黙れと言っているようでした。私は首を傾げましたが、もうそんな些細なことはどうでもよくなっていました。
素敵な思い出コースの料金は、安すぎる2138円でした。若干、デザートが多かった気がしますが、私の思い出はデザートばかりだったのでしょう。
「また、来ます」
私はそう言って店の引き戸を開き外に出る、直後。
「気が向いたら、また開けます」
っと店のなかから声が聞こえてきました。ピシャリと戸は締めてしまい、もう一度、確認するのも気が引けて私は「今度は亮ちゃんを連れてきますね」っと呟きました。
しかし、その後、どれだけ探しても、まほろは見かけませんでした。
ですが、そのときの私は、亮ちゃんに会いたい気持ちが先立ち、しとしとと振る雨のなか、駆けていきました。
「──亮ちゃん」
そうして亮ちゃんのいる、温かなマンションに扉を開き、どれくらいぶりかの、満面の笑顔を私は亮ちゃんにみせたのでした。
完
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