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「まぁまぁ、リネットったら。そんな暗いお顔はしない方がよろしくてよ?」
リネットの私室にあるソファーに鎮座する母が、そう声をかけてくる。
彼女はころころと笑いながら紅茶の入ったカップを口に運んでいた。その仕草はさすがは貴族というべきか、美しく無駄がない。
にっこりと笑った姿はまるで聖母のようだと称えられる、リネットの母――アシュベリー子爵夫人。
彼女は生まれは貧乏男爵家でありながらも、リネットの父に見初められ子爵家に嫁いできたという経歴を持つ。
そんな彼女は聖母という呼び名に相応しくとても優しい性格をしていた。
「ですが、お母様。お姉様ならばともかく、私のような娘がパーティーに出たところで、笑われるのがオチですわ」
ゆるゆると首を振りながら、リネットはふくれっ面でそう告げた。
リネットには三つ上の姉がいる。彼女はすでに婚約しており、本日開かれるパーティーの参加資格がなかった。
「そんなこと言わないの。リネットもミラベルも、私にとってはとても可愛い娘だわ」
「……そんなことをおっしゃるのは、お母様とお父様、お姉様くらいだわ」
リネットは自分が平々凡々であると自覚している。
姉ミラベルは大層美しく、声楽の才能に溢れていた。そのため、いつしか彼女は『歌姫』と呼ばれるようになり、貴族の中でも屈指の人気を持つ令嬢となったのだ。
しかし、リネットはというと。
「私は大して歌も上手くありませんし、楽器だって扱えませんわ。ヴァイオリンなんて先生が投げ出す始末ですもの」
アシュベリー子爵家の娘は大体音楽の才能に溢れている。それは、リネットとてよく知っていることだ。
けれど、リネットには音楽の才能がなかった。父や母が様々な楽器を持たせても才能は芽吹かず、挙句ヴァイオリンに至っては教師が投げ出す始末だったのだ。声楽だって、ミラベルに勝てるわけがないとさっさとあきらめた。
(私は、あまりにもこの家に似つかわしくない)
精悍な顔立ちで、若い頃は大層モテた父。美しく聖母のようだと称えられる母。『歌姫』などと呼ばれ、人気の高い姉。
比べ、リネットは平々凡々。周囲がリネットのことを『残りかす』と揶揄しているということも、知っている。まぁ、家族はそんなリネットを愛してくれているので、特に問題はないのかもしれないが。
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