2. 気象予報士 佐倉 当

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2. 気象予報士 佐倉 当

 佐倉(さくら) (あたる)。  アタルは俺の幼馴染みたいなもんだ。    で、あいつは今、地方局の朝のローカルニュースで、月曜から金曜までレギュラー枠を持つ爽やか気象予報士だ。  イケメンだけど朴訥(ぼくとつ)としていて、真面目そうな受け答えがいいと人気らしい。  ところが、アタルの開花予報はなぜか当たらない。  四年担当して一度も当てたことがなく、今や『無駄にイケメンで当たらない気象予報士』と言われている。ただし、昔馴染みとして断っておくが、当たらないのは開花予報に関してだけだ。  『今年の桜の開花時期は?』という話題が出始める頃、まずアタルのこれまでの惨敗記録のフリップが、ニュースキャスターの女性の手で出される。 「四年前は一日遅く、三年前は二日早く、一昨年は二日遅くとズレていき、昨年はなんと佐倉さんの予報より四日早い開花と大惨敗でしたね」  嬉々としたキャスターの声。 「へへっ」  アタルは頭を掻いている。 「さて、今年はどうでしょうね。楽しみにしています」    はずれることを期待しているのが明白だが、当のアタルはにこにこ笑って気にする風もなく、今日の天気予報の解説を始める有り様だ。  気象庁が出す気象データを元に、専門知識を駆使して分析し、天気、降水確率、気温などさまざまな予報をするのが気象予報士の仕事だ。地球温暖化なんかの影響で増加しているゲリラ豪雨を的確に予測すれば、それにより引き起こされる洪水や土砂災害の被害を抑えることだってできるのだ。  アタルは幼い頃、消防団だったお父さんを水害で亡くしていた。それで同じような災害を減らせたらと気象予報士を目指したのだ。  そんなあいつが、テレビで笑い者になっているのが、俺は悔しかった。  桜の開花予報は気象庁が撤退し、民間の気象会社が担当するようになった。会社独自に予報は出しているが、多少のずれはある。  そこで番組を担当する気象予報士が、「おそらく気温が上がっているので、その前日になるかも知れません」とか、「週末雨ですので、予報では○日ですが、一日遅くなると思います」などと独自の見解を述べている。  これをアタルははずすのだ。さすがにあいつが所属する会社の中でも、そろそろ当てろと暗黙のプレッシャーがあるのではないだろうか。  なのにあいつは来ない。地元の神社なのに、昔遊んだ神社なのに、佐久楽神社にお詣りに一度も来ないのだ。御利益はなくても、来ればなんとかなるってこともある。  あいつはきっと、昔のことを気にしているのだろう。  
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