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4. サク
僕は小学生の時、当時住んでいた県で起きた水害で、消防団の父を亡くした。その後、母と兄と一緒に、母の実家があるこの県に越してきた。
引っ込み思案な僕は転校した学校で友達ができず、放課後に遊ぶ相手がいなかった。独りでサッカーボールを持ち、祖父の家の近所をぶらぶらしていて、佐久楽神社を見つけたのだ。
古い神社で大きな石の鳥居の向うには、平日の午後なのもあって参拝客はおらず、石畳をサッカーボールをドリブルしながら入っていった。すると、少し行った所に、白い着物に水色の袴姿の僕と同い年くらいの男の子がいて、こっちを見ていた。
神社の神主さんの子供かな? 僕は思った。
「お前、誰だ」
神社の子にしては、乱暴な口調だった。
「え? 僕、佐倉当。本町小の二年生。今月、転校してきたばかりなんだ」
「へえ」
男の子は答えた。
「君は?」と僕が尋ねると、「俺? 俺は、サクだ」と教えてくれた。
「同じ学校?」と聞くと、「お前より上だ」と言ったので、小学三年生かと理解した。
その年齢の子供なんて、知り合ってみたら相手の素性がどうのより、遊びが優先だ。すぐに一緒にサッカーボールで遊びはじめた。
次の日も、その次の日も僕は学校が終わると神社に向かった。サクはいつも同じ場所で待っていてくれた。
サクは草履なのにリフティングがすごく上手だった。放っておけば千回はいきそうな勢いだ。リフティングが下手な僕は、サクにコツを聞いて練習を始めた。
「ああ、お前、本当に下手クソだな!」
口は悪いが、サクは根気強く教えてくれた。コツがわかった僕は、軽く百回はできるようになった。
時には神社の宝物庫に上がる階段に座り、いろいろな話をした。僕は父が亡くなったこと、それから将来の夢なんかを話した気がする。
けれども、クラスに友達が増えるにつれ、僕が神社に行くことは少なくなっていった。リフティングが上手なことをクラスの子に気付かれ、サッカーチームに誘われて、サッカーを始めてからは一度も行かなかった。サッカー友達ができたのは、サクのお陰なのに。
学校でサクを探して、一言詫びようと思ったけど、サクはいなかった。あの神社のあたりは学区の境目だったので、もしかしたら他の学校だったのかもしれない。
サクとはそれっきりになってしまった。
だから、なんとなくあの神社には行きづらい。きっとサクはお父さんの跡を継いで、神主になっているだろう。今さら合わせる顔がないのだ。
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