GOOD LUCK TO YOU.

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GOOD LUCK TO YOU.

「それではお届けさせていただきますね」 「すみません……よろしくお願いします!」  印刷した原稿を、郵便局の窓口で渡した。締切りの三日前には何とか完成し、消印を押すことができた。  初めて自分が小説を書き上げたことで、少し前を向けた気がする。  郵便局から出た時、雨が強く降っていたが、なぜか明るい景色に見えた。身体も軽く、雨が打ち付けるアスファルトに踏み出す一歩も気持ちがいい。  ふと、公園の前で立ち止まる。錆びた滑り台と、ベンチがある寂しい公園。だが、フェンスの脇には、クローバーが生い茂っている。  傘を差したまましゃがみ込み、クローバーの群れをまさぐり始めた。力強い緑と立派な茎に支えられたクローバーたちだが、どれも三つ葉ばかりだ。  必ずあるはずだ。幸運の四葉のクローバーが。  俺は無我夢中で、クローバーを漁った。 「あった……」  とうとう見つけた。一本の幸運の四葉のクローバーを。葉の上に小さな露を乗せた四葉のクローバーは、美しく輝いていた。  幸運を呼び、願いが叶う四葉のクローバー。  Good luck.  俺は走り出していた。クローバーを持って。 「こんにちは……あ」 「ど、どうも」  雨に濡れるのもお構いなしに走った俺は、スタバに駆け込んだ。運が良かったのか、レジにはあの人が立っていた。  勢いよく駆け込んできた客に驚いた彼女だが、すぐにいつもの笑顔に戻った。 「雨、すごいですね。今日は何になさいますか?」 「いつものアイスコーヒーを」 「かしこまりました。すぐにご用意しますね」 「あ……その前にこれを」  コーヒーを入れようとする彼女を呼び止めて、摘んできたクローバーを差し出した。 いきなり、店員にクローバーを差し出す客。まるで変質者じゃないか。 訝しそうに受け取った彼女だが、ふっと笑った。 「わあ、可愛い。四葉じゃないですか」  クローバーを嬉しそうにくるくるとさせていたが、彼女は急に真剣な顔で、俺とクローバーを見比べた。 「これだけ……ですか?」  この時の彼女の顔を、俺は生涯忘れないだろう。 「あ、その……自分は東藤と言います。東藤俊介です」  うんともすんとも言わず、彼女は俺を見つめている。クローバーを手に。 「好きでした。あなたのことが。初めて会った時から」  彼女の切れ長の瞳が見開かれた。店内の人間の注目が、俺達に集まるのが分かった。何やってんだ、あいつと。  お互い放心したように、見つめ合っていた。だが、先に俺が堪え切れなくなった。瞳から伝うものを。  気づけば、店内から駆け出していた。 「待って!」  彼女が叫ぶのが分かったが、俺は足を止めなかった。  ひたすら走った。雨の中をずぶ濡れになりながら。だが、急に足を止めた。袖を強く引っ張られたからだ。  振り返ると、綺麗な黒髪を濡らした、緑のエプロン姿の彼女が、息を切らしながら、俺の服の袖を掴んでいた。 「コーヒー忘れてますよ」 「ああ……」  丁寧に蓋をされたカップを、素直に受け取った。彼女の瞳は真っ赤に腫れていた。  受け取ったカップを呆然と眺めると、スタバのロゴの横に、マジックで乱雑に何かが書かれていた。  Tomomi531と。 「仕事があるんで戻らなきゃいけません。だから、後で話しましょう。ライン、追加しておいてくださいね。俊介さん」  いつもの笑顔に戻った彼女は、緑のエプロンをはためかせながら帰っていった。  取り残された俺は、渡されたコーヒーを一口飲んだ。 「美味しい……本当に美味しい」  カップを抱いたまま膝から崩れ落ち、大声を上げて泣いた。  見上げた空は青かった。
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