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春は好きじゃない。
その理由はひたつじゃなくて、ひらりと私の肩に舞い降りた、桜の花びらを手に取って、静かにそれを見つめた。
「桜子!」
少し離れたところから、私に向かって、大きく手を振ってくる、流星くんの姿を見つけて、私も軽く手を振り返す。幼なじみでもあり、私の初恋の相手でもある。そして多分、今も私は、流星くんに片想いを続けている。
3月の終わりに生まれた私に、両親は『桜子』と名付けた。その年は、例年より桜の開花が早く、私が生まれた日、満開の桜が、私の誕生を祝うように咲き誇っていたらしい。
「化学の課題、やったか?」
「当たり前じゃない。流星くんは、どうせやってないんでしょ」
カバンからガサゴソと、化学のノートを取り出すと、私はいつものようにそのノートを流星くんに手渡した。
「いつも悪いな、さすが桜子」
「悪いなって思ってるなら、ちゃんと課題やってきなさいよ」
ぺろっと舌を出しながら、肩をすくめた流星くんは、私から受け取ったノートを自分のカバンにしまった。
流星くんが、私の名前を呼ぶたびに、胸がズキンと痛む。
好きな人に名前を呼ばれたら、きっと普通の人は嬉しいはずだ。だけど私は、流星くんが私の名前を呼ぶのが、苦しかった。
春は嫌いだ。でも本当に嫌いなのは、春じゃなくて、この季節に、桜が咲くからだ。
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