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女子高生が帰ってから。
「普通と特濃。味見してみて」
マスターは、小石川の前にコーヒーソーダを入れた小さなグラスを2つ置いた。
特濃は苦くて仕方なかったが、もうひとつは意外に爽やかで美味しかった。
「好みが分かれる味だけど、案外いいでしょ? でも美味しい配合だとコーヒーが少ないからか、高校で髪色を注意されるらしくて。せめて特濃でも、もう少し美味しくしてあげたいんだけどねぇ」
ふとマスターは左額を覆い「ああ、またやった」と手を洗った。
「大変そうな特異体質だけど、世の中とすり合わせながら本人が楽しめてるなら、そんないいことないものね」
「そうですね」
小石川は素直に同意した。
二人とも、難儀していただけに。
マスターの左額には、生まれつき赤いアザがある。普段は前髪と太縁眼鏡に隠れていて目立たない程度のものだが、親戚達はコレ幸いと、母をいびる材料にした。
時々額を隠す癖は、その頃の記憶の残滓だ。癖になってしまったことに、マスター自身が一番うんざりしていた。小石川が根掘り葉掘り聞いてこない性格で助かっていた。
小石川は、小さな頃から愛想が良くないと言われていた。大学に入ってからもそれは同じで、自分を変えるべく接客業のバイトに飛び込んだが、どう表情を作っても、愛想がないとクビになり続けた。ここ喫茶アガツマで5軒目、今のところはクビにならずにすんではいるが。
毎度「こういう顔です」で丸くおさまってたら、どんなにいいだろう。時々思った。
そして今も。
「……正直、うらやましい」
ポツリとこぼした小石川に、マスターも何か言いかけたが、ちょうどその時お客が来たので、言葉は「いらっしゃいませ」に変わった。
小石川は、今度はちゃんと「いらっしゃいませ」を言い、お客様を席に案内した。
今日は少し、忙しくなりそうだった。
〈了〉
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