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「千尋、忘れ物はない?」
私の問いかけを聞いているのか、いないのか。
「ない。なーい」
と言って、看護師や医師達に娘は抱きついていた。
あれから、化学療法の効果が出て癌は小さくなり、手術で患部を完全に取り除く事が出来たのだ。
幸い、転移もなかった。
医師は、「若い分、進行が早いかもしれない」と言っていたが、奇跡だ。
とはいえ、定期的に検査には来ないといけないけれど。
向日葵が咲き乱れる真夏の日差しを浴びながら、娘は病院を退院した。
「ねぇ、千尋。あのね。ママ、千尋と一緒に行きたい所があるんだ」
「え? どこ?」
娘はシートベルトを締めながら、キョトンといている。
「うーん。内緒。多分、千尋ビックリしちゃうかもね」
『えーっ!!』と言った娘と笑いあった。
20分ほど車を走らせて到着したのは、娘が通っていた幼稚園。
「さぁ。着いたよ」
どうして幼稚園に来たのか不思議そうにしていたが、久しぶりに見た風景にとても嬉しそうだ。
玄関先のインターホンで名前を告げると、先生達が出迎えてくれた。
運動場に案内されると、そこには、椅子が2つ用意されている。
周囲は紅白幕で覆われ、ステージには卒園式の看板が掲げられている。
そう。今日は、娘の卒園式。
提案してきたのは、幼稚園の先生達だ。
最初は病室で、という話だったのだが、退院出来るかもしれないと話すと、どんな季節になろうと構わないので、園内で卒園式をしようと、わざわざ病院へ提案しに来てくれたのだ。
1人ぼっちの卒園式。
背筋を伸ばして小さな椅子に座る娘。
少し緊張しているのだろうか。けれど、先生に名前を呼ばれると、大きな声で『はい!!』と返事をした。
卒園証書を受け取り、振り向いた姿がとても誇らしく見えた。
日曜日だから在校生なども居ない。
厳かに静まりかえる運動場には、私と先生達の拍手が鳴り響いた。
娘はこちらに向かってお辞儀をすると、自分の席に座り先生の話を聞いている。
すると、突如先生が大きな声で
『せーーの!!』と言った途端、
『ちひろちゃん!! そつえん おめでとう!!!』
と、大きな歓声がして慌てて振り向くと、娘と同年代のお友達がそこにいた。
「どうして……」
私の呟きに応えるように、園長先生がみんなに声を掛けてくれていた事を知った。
娘の為に駆け付けてくれたお友達や親御さん達、そして先生達の気持ちが有り難くて、私の涙腺が一気に崩壊した。
久しぶり会う先生達やお友達に囲まれて、娘の卒園式が盛大に終わった。
向日葵が咲き乱れる、真夏の卒園式。
向日葵のように満開の笑顔が咲き乱れた、最高の卒園式。
これが、私の自慢の娘の卒園式だ。
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