幼なじみ1ver.

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幼なじみ1ver.

――ピンポーン。 ああ、やっぱり来た。今日はやめてほしいんだよな、と掛け時計を見て項垂れる、俺――萩本(はぎもと)(れん)。名前に“憐れ”と入っているのは言わないでくれ。そのイジりはもう聞き飽きた。 とりあえず玄関へと向かう。扉を開ければ予想通りの人物がそこにはいた。だから俺は特に驚きもしない。 「よっ、レン! おっじゃましまぁーす! って、あれ? おばさんは?」 玄関の靴を見て首を傾げる。俺の母親が履く靴を把握しているほど近しい関係のそいつは、腐れ縁(幼なじみ)の森園(もりぞの)菜々美(ななみ)だ。 「今日は夜勤でいない」 「なーんだ、そっか」 じゃねーんだよ。だから嫌だったんだよ。 俺の家に、しかも夜も更けていくこの時間に、オマエと俺の二人だけだぞ? こんな拷問、あってたまるか。 「いっけない! もう21時じゃん! 始まる始まる〜」 風呂上がりのいい香りを漂わせ、俺の横を通り過ぎる無防備な女。いくら夏だからってその格好はないだろ。 ノースリーブに短パンって。ああ、悲しくなってきた。 すでにリビングのソファに席を確保しテレビのスイッチを入れる。これはお馴染みの光景だった。 自由奔放なこの女は、その両親もまた同様で仕事を理由に世界中を飛び回っていた。だから兄弟もいないこいつはいつも独りだった。 多分本当はすごく寂しいんだと思う。 何かと理由をつけては俺の家へやってくる。近くだからいいんだけど。本当はあんまり無防備な格好では出歩いてほしくない。だけど、そんなことは恥ずかしくてなかなか言えなかった。 そして専らここ最近はドラマを理由に家へ来ていた。そんなの家で見ろよ、と言いたくなる理由だが、俺は言わない。今日はいないが、俺の母親と楽しそうに見ていることも知っているからだ。 それにしても――。 「はあ〜尊い〜目の保養〜超絶イケメン〜結婚したい〜」 最後の結婚したいは頂けないが、イケメン(風でもいい)俳優大好き、ラブコメドラマ大好きのこの女。口を開けば、出てくるのは見向きもされない男を称賛する戯言ばかり。 やれイケメンだの、やれ付き合いたいだの、やれ結婚したいだの。頭おかしいんじゃねーの? って思う。それは俺も人のこと言えないけど。 「こんなの、その辺にいそーじゃん。なにがそんなにいいの?」 文句を垂れながら二人分の飲み物を用意し、少し離れた隣に俺も落ち着いた。 「んもう、わかってないなあ、レンは! 顔もだけどこの役がいいんでしょ!」 俺に語りかけながらもそいつの目は液晶の中のその男に釘付けで、俺は完全に場外だ。 「……」 役って言ったって……甘くてクサくて吐きそうなセリフ言ってるだけだろ。これの何がいいんだ? 全然わかんね。 「ヤッバ! “俺のことだけ見てろ”だってー! こんなセリフ狂気でしょ、もはや!」 こんなにイケメンもラブコメも大好きなくせして、現実の恋愛に疎いのはどうしてなんだ。手の届き得ない芸能人ばかり追って。 すぐ隣に、誰よりもあんたのことを思って、いつも気にかけているヤツがいるっていうのに……。 この俳優のような顔ではないけど、あんたが欲しいのなら反吐が出そうな言葉だって俺は言ってやるのに――。 でも知っている。あんたはそれを俺に臨んではいない。 「はあ、癒やされた……。えっと次は――」 21時のドラマが終わり、次に始まる22時からのドラマに向けてリモコンに手を伸ばした。 「え――?」 だけど、俺はその前にリモコンでテレビの電源を切った。突如訪れる静寂。掛け時計の秒針がやたらと大きく聞こえた。 「――あのさ」 「なに? そんな真剣な顔して……」 「俺、ナナに相談したいことがあるんだけど」 ソファで俺たちはようやく向き合った。 露出した白い肌とか柔らかそうな二の腕とか意識しだしたら止まらなくなるから、可能な限り俺は彼女の目だけを見た。 あー……やっぱり、すげー好きだ。ナナのこと。 「わかった。テレビは録画してるからレンの話を聞くよ。そんな思い詰めるほどのことなんだよね」 物分りが良くて助かる。この際だから録画してる発言には目を瞑ろう。 「俺、今好きな人がいるんだよね」 「え?! そうなの? 全然知らなかった……」 それはよく知っている。 「でもその人、全く俺のこと眼中にないわけ」 「なんで? レンって、モテるじゃん……なにその人、見る目ないの?」 「見る目、多分全然ないと思う。だって――」 「なに?」 「ドラマ大好きで俳優ばっか追っかけて、現実には全然見向きもしないから」 「へ……?」 「ずっと近くにいて、俺はそいつのことしかもう見てないんだけど。全然気づいてないみたい」 「え、待って……レン、それって……」 そうだ。 「もう、わかっただろ?」 ほらな、やっぱり。すごい困ってる。 こんなナナは初めて見た。俺の言葉で真っ赤になって俯いてちょっと困らせたいだけだったのにな。でもこんな彼女も悪くない。 もう何も言えそうにない彼女を見て俺は言った。 “そうだよ、ナナのことだよ” (終)
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