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遠戚の兄ver.
それは本当に突然だった。
棚からぼた餅って言うの?
まさか、今日来る教育実習生が恭ちゃん、あなただったなんて――。
彼――五月女恭輔は私の遠い親戚で、正月や法事の行事で集まったときによく遊んでもらっていた大好きなお兄ちゃんだ。
「キョーちゃーん。何してんの? 社会科の資料室で」
「何って、整理だよ。ついでに参考になるもの見ようかなって」
「ふーん。それって要は雑用係ってことだよね? キョーちゃん」
「って、こら……郁、学校では“先生”だろ?」
「えー、だってキョーちゃんも私のこと名前で呼んでるよ?」
「あ……いけね」
そういう少し抜けたところも可愛くて好き。
先生なんて言いながら私の前では砕けた口調で自然体で、ちょっと優越感なんかもあったり。
大人になっても先生になっても変わらない、そんな恭ちゃんが私は今でも大好きだよ?
少し埃っぽいから窓を開けた。
気持ちのいい暖かな風が舞い込んでくる。
放課後、オレンジ色の夕日に照らされながら部活に勤しんだり登下校する生徒の声に耳を澄ませた。
不思議。こうして私の通う高校に恭ちゃんがいる。もうずっと昔に諦めていた私の青春が今、目の前にある。教育実習期間の終わりまであと少し。
私はそっと彼の左隣に立った。
「私も手伝ってあげるね。終わらなさそうだし」
「気持ちは嬉しいけど、学校は終わったんだ。生徒はもう帰らないと。あんまり遅いとおばさんも心配するぞ」
「なに言ってるの? それはもちろん、キョーちゃんが送ってくれるでしょ? 家まで」
一瞬キョトンとした顔で私を見るもすぐに吹き出した。
「ハハ、郁の小悪魔っぷりは健在だな」
キレイな顔をくしゃっとさせる笑顔が好きだった。
あなたは小悪魔なんて言うけど、少しでも近づきたくて振り向いてほしくて私はずっと頑張ってきたんだよ。
「ねえ、キョーちゃん」
「どうした?」
手伝う私の手は止まっていて、だけど隣の彼はこちらに見向きもせず資料整理に夢中だ。
あのね、恭ちゃん。私、今からすごく大事なことを言うから次はちゃんとこっち見て?
「キョーちゃん……私、キョーちゃんのこと、今でも好きだよ」
ああ、良かった。今度はちゃんと見てくれた。
私、もうちゃんと女だよ。自分磨きもうんとした。髪も伸ばして、大人っぽく見えるメイクもして、体だってもう――オトナだよ?
昔なんかよりもずっとイイ女になったと思わない?
ねえ、恭ちゃん。
それなのに、やっぱりあなたは今日も言うの。いつもいつも同じ返事ばかり。
それは“ラブ”ではないんだと。私の勘違いなんだって。小さい頃から一緒にいたから、これは兄妹の“好き”の方だよって。あなたはいつも、そう言うの。
もう18歳だよ、私。恋かそうじゃないかなんてわかるのに。
「あ、そうだ。キョーちゃん」
「なんだ?」
さっきの渾身の告白なんてなかったみたいな顔してさ。こっちはキズついてるんだから。
好きって愛の告白をしても、放課後こんな密室に二人だけで居ても、あなたは顔色ひとつ変えやしない。それって悔しい。
だったらちょっと困らせるくらいはいいよね――……。
「結婚、おめでとう」
「え?! な、なんで郁そのこと……」
急にオロオロしちゃって。私の告白は急流すべりみたく流しちゃうのに。
「だって、キョーちゃんの左手の薬指」
「え、指先してないけど……」
「痕よ、指輪の。ほら、ここちょっと細くなってるでしょ。学校のとき以外はつけてるってこと。違う?」
「い、郁……おまえ、そんなことまで見てたのか。最近の女子高生は怖いなぁ」
一括りにしないでよ。女子高生でもそんなとこ見ないわよ。
私だからでしょ?
「じゃあ、結婚のお祝い。あげないとね」
「え、今?」
「うん」
何のことかよくわかっていない恭ちゃんは呑気にありがとう、なんて言っている。
ああ、なんて罰当たりなこと……婚約者の人、ごめんなさい。でもこれが最初で最後だから。
私は恭ちゃんのネクタイをぐっと引っ張ると唇をその頬に押し当てた。
「い、郁?!」
「私のファーストキス。キョーちゃんにあげる」
(終)
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