男の子ver.

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男の子ver.

隠地(おち)、なんであいつと仲いいの? 全然タイプ違くね?” “そうか? あいつスゲーいいヤツだよ。俺、小学生の頃からずっと仲いいもん” “ふーん。でもなんか暗いじゃん、あいつ” “そんなことないよ。みんなも話してみればいいのに。な――(かえで)” 俺は自分の名前が嫌いだった。女みたいだから。そのことでイジメられたこともあった。だけど、隠地が呼ぶときだけは不思議と心の重しがなくなった。 大学生になっても尚、小学生の頃からのよしみで俺と話してくれる隠地。律儀なやつだと思う。 年齢を重ねるに連れ、趣味嗜好も異なれば人格だって変わってくる。小学生の頃の友達なんて今の俺にはもうほとんどいなかった。 それでも隠地だけは性懲りも無くずっと俺と仲良くしてくれた。あの頃のまま、屈託のない笑顔で。 俺は決してそっち側には行けないというのに――。 「かーえで。なに読んでるんだ?」 「隠地……勝手に人の本を取り上げるなよ」 「なになに、鎌倉……室町……台記? なんだ? これ」 「歴史の(エロい)……ヤツ」 「なーんか、また小難しいの読んでんな。専攻してんのか?」 「まあ、そんなとこ。だから隠地にはわからないと思うよ」 そうだ。お前はもうきっと理解なんてできない。この先、一生かけても。俺のこんな気持ちは――。 「てかさー、楓。なんで隠地なわけ?」 「なにが」 「昔はユースケって呼んでたろ、俺のこと」 「それは――」 「――おーい! ユースケ、昼めし行くぞ!」 その声はいとも簡単に呆気なく、隠地をさらった。 言葉を交わしたのはほんの一瞬で、目が合ったのなんてもっと刹那で。彼はふわりと靡く風のように俺から離れていった。 「ユ……ユースケ!」 気づけば俺は隠地の手を掴んでいた。 こんな引き止め方はないだろう。行くなと言っているようなものだ。隠地だって驚いてこっちを見ている。 「いや、ごめん。なんでも――」 「どうした、楓。そんな泣きそうな顔して。なんでもなくはないだろ?」 離そうとした手を今度は反対に掴まれていた。力強い手に、俺は逃げられないと思った。 「ちゃんと言えよ。聞くから」 その目は真剣だった。だから余計に怖かった。 俺の本当の気持ちを伝えたら、今度こそお前は俺から離れていくだろう。友達ですらいられなくなって、もしかしたら軽蔑だってするかもしれない。 でも……俺が本当に怖いのはそうじゃないんだ。 「なあ、ユースケ。俺、お前にずっと言いたいことがあったんだ」 「なんだよ」 「俺は、もうずっと前からユースケのことが――……」 「――……てるか? おーい、楓。聞いてるか?」 「え、なに?」 「だーかーらー、なんの本読んでるんだよ?」 「あ、これ? サスペンスだよ。今、映画でしてるやつ」 「あ、そういえば見たわ! そんなタイトルの映画。どうりで見たことあると思ったんだよなー」 「なんだよ、それ。最近見た映画忘れるか? 普通」 「俺、情報更新早いからな! ハハ」 ああ、この気持ちをすべて吐き出すことができたのならどれだけ楽なのだろうか。 しかし時々思う。 隠地の――ユースケのことだ。きっとちょっと困らせる程度なんかでは済まないだろうと。苦しめて追い込んで、きっとひとりでたくさん悩ませてしまう。 伝えたことで、俺と友達をやめたり俺のことを軽蔑したりすることは別にいい。だけど、ユースケを苦しめることだけは絶対にしたくなかった。 それならこの気持ちはやっぱり墓場まで持っていくのが賢明だろう。悟られることなく、陽の光も浴びることなく、俺と一緒に朽ちればいい。 なあ、そうだろう? ユースケ。 だから今日もまたその屈託のない笑顔を俺に見せてよ――。 「これ、すごく面白いから読み終わったら貸そうか?」 「まじ! 楓が言うなら読んでみるわ、サンキューな!」 (終)
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