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夫婦ver.
仮面夫婦、不倫、離婚、冷めた夫婦関係――。
そんなワードを目にする度、心がざわつくようになったのはいったいいつからだろうか――。
「かほ。今日どこか行くのか? そんなめかし込んで」
「昨日も言ったじゃない。同窓会があるから夜、出掛けるって」
ヤスくんはもう本当に私の話を聞いていないんだから。これで何回目だと思っているの?
呑気にふーん、だなんて言って。少しくらい気にかけてくれたっていいんじゃない?
同窓会よ? 同窓会。焼け木杭になんとかとはよく言ったものでしょう。まったくこれっぽっちも心配しないんだから。
いや、これは信用されているのか……それとももう私に関心がないだけなのか。
「昔の恋に火がついちゃったりして」
つい口を衝いて出た。
「は? おまえ、いくつだと思ってんだ? そんなくだらないこと、いつまでも言ってんなよ」
「なにも……そんな言い方しなくたっていいでしょ? 私の気も知らないで……。偉そうに説教なんてたれないでよ! それじゃあ、いってきます!」
なによ、なによ。あんな言い方ってある?
そんな言葉が欲しかったんじゃないのに。
ただ少し、ほんの少しでいいから気にかけてほしかっただけなのに。
“ありがとう”も“ごめんね”ももう随分と口にしていない。もちろん“愛の言葉”も。
あの頃の純粋で素直な気持ちはいったいどこへ置いてきてしまったんだろうか。
私はただあなたが好きなだけなのに――。
結局、同窓会は一次会でお開きとなった。ほとんどみんな家庭があるからだ。
まあ男の人は一部スナックへ行くみたいだけど、さすがにね。そこには混ざれない。それにやっぱりあの人のことが気になるし……。
「って、そうだ。啖呵を切って家を出てきたんだった……」
やめたやめた。しばらく帰ってやんない。少しくらい心配させてやらないと。
そうだ、久しぶりにひとり酒でもして帰ろう。それがいい。
でもさすがに電車逃すのは嫌だから家の近くにしようかな。
……なんて思っていたら、結構な時間が過ぎていた。近くだからと安心したのと久しぶりの居酒屋だったせいだ。
「やば、もうこんな時間。早く帰らないと……」
だけど悲しい哉、あの人からは連絡のひとつも入っていなかった。
ちょっとくらい困らせてみたかったのに。何だか悲しくなっちゃっただけだな。バカみたい。もう帰ろう。
私は会計を済ませて店を出た。夜風はとても冷たく身に沁みた。
「――」
もう少し厚手の服にすれば良かったな。秋のこの時期は着るものが難しい。
私は両手を擦りはーっと息を吹きかけた。
「――……っ」
あ、そういえば手袋持って来ていたっけ?
私はバックの中を覗いた。
「――……ほ!」
あ、これこれ。良かった、持ってきておいて。にしてもなんか騒がしいな。
「――かほっ!」
「へ?!」
突如掴まれぐりんと振り向かされればそこにはヤスくんがいた。どうしてか息も絶え絶えで、おまけに汗だくで。ただ事ではなさそうだ。
「なになに、どうしたの? なんかあった?」
「なにって、こんな時間までどこをほっつき――」
「?」
「……じゃなくて、良かった……無事で」
そう言って私の体を強く抱きしめた。
その腕はとても逞しいはずなのにどうしてか包み込んであげたくなってしまった。
「そんなに心配なら、電話でもくれたら良かったのに」
「携帯のニュースで通り魔が出たって見て……慌てて出てきたんだ……」
「ふふ。そうだったのね」
「笑い事じゃない……」
「そうだね。――ねえ、ヤスくん」
「ん?」
「迎えに来てくれて、ありがとう」
やっぱり前言撤回。
好きな人をちょっとくらい困らせてみるなんて、私の性には合わないみたいだ。
(終)
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