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present for you, my sweetie
チッチッと鳴り響く音。
一般的な家でもよく聞く音。
しかし、ここではその音は恐怖の対象となり耳を塞ぎたくなる。ジャラッと聞きなれない鎖の音。重たそうに動かしている彼女はどうにかしてここから逃げられないものかと必死に頭を働かせていた。
ここに来て一体何日が経ったのだろうか。
「あら、まだ逃げることを考えているの?」
カツン、とローファーの音が止まった。ガシャガシャと響いていた音はカシャン、と音が止まり彼女は勢いよく振り返った。鉄格子の先に見えるのは巷で噂になっている異形頭。テレビでも時々見かける程には認知度が上がって来ているらしい。テレビ越しでしか見たことない彼ら彼女らは私たち人間と何ら変わらない。
一時期、異形頭の人に対して差別的な暴動が起こったが今では沈静化されて仲良く暮らしていると、そう聞いていたのに。
「な、何で私を、ここにっ……」
「何で? そうねぇ」
考えるふりをしている彼は口元であろうところに人差し指を当てている。何度も見た彼の癖らしいそれはわざとらしく、必死なこっちがあほらしくなってくる。しかし、諦めるわけにはいかないのだ。彼女には、結婚を約束した人がいるのだから。
「貴女、プレゼントで時計を渡す理由って知ってるかしら?」
「……」
「時計はね、『あなたと一緒に時間を共有したい』って意味なのよ。まさに、独占欲が溢れている一品でもあるわ」
だから、ね?とクスクス笑っている彼。だから何なのか。それが理由になるのか。突如私を誘拐してここに閉じ込めて、ずっと一緒に暮らそうと言われて。納得できるとでも思っているのだろうか。
カタカタと震える自身の体を抱き締め、できるだけできるだけこの彼から距離を取るように移動する。カシャン、カシャン、と音が鳴るたびに自分では逃げられないことを思い知らされているようで。
「可哀想に、そんなに震えて。大丈夫よ、私がずっと貴女を守ってあげるわ」
「そ、そんなの必要ない! 私には、心に決めた人がいるって何度言えば……!」
「あぁ、あいつね」
ズンと低くなった声。ビクッと震える肩。あれだけ甘い声を彼女に向けていたのに、向けていたはずなのに。地に響くような声は本能剥き出しのようで。目の前にいる彼は、この人は、本当に人間なのだろうかと疑いたくなるほど。これ以上後ずさりできない彼女は口をキュッと結んだ。
「もしかして、彼のこと、かしらねぇ?」
シャラン、と出されたのは一つのネックレス。一瞬何かと思って暗い中から目を凝らした。その瞬間、ゾワっと全身を撫でられるような感覚に陥る彼女。シルバーのチェーンに指輪が一つだけかかっており、微かに見える血痕。ひゅっと鳴る喉と、血の気の引く感覚に力が抜けたらしい。
「ふふっ 彼、最後まで頑張っていたわよぉ? 貴女を、探し出すためにねぇ」
揺れるネックレス。小さい灯りに反射して見えるシルバーアクセサリーは悲惨な現実を知らせに来たらしい。ドクドクと激しく鳴り響く心臓と、胃の底から何かがせり上がってくる感覚。おぇっと吐き出した時には遅く、床に飛び散ってしまっていた。
「あらあら、大丈夫? 安心してちょうだい。どんな貴女の姿でも私は愛することができるのよ。だから、ね? 少しずつ、少しずつ、こちらへ落ちて来なさい」
愉快そうに笑っている声はこの部屋中に響いていた。何とかして治まった吐き気。ゆっくりと顔を上げて彼を睨んだ。しかし、そんなものは一切効果はない。目の前にいる時計頭はただひたすらに快楽に満ちた顔でこちらを見ていた。内側に狂気じみた何かを宿しているらしいそれが表に出て来ているようで。表現しようのない恐怖が彼女の体を支配した。
見えないはずの、見えるわけのない表情が、彼女の目には映っていた。
「死ぬまで、一緒よ」
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