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駆け寄ってきた女の子が彼の目の前に来ると、五木さんは膝をアスファルトの上について、優しく微笑みかけた。
「みくちゃんこんばんわ。今日はママの様子見てきたのかな?」
柔らかく、視線を子供に合わせた彼の行動は手慣れていた。みくちゃんと呼ばれた目がくりんくりんの無垢な瞳が嬉しそうに細められ、頷いた。
「明日はママの手術だから、元気付けに行ったの!妖精がくれた“元気になるお守り”で、ママ元気になってたよ!妖精さんのお陰だね!!」
女の子がにっこにことしている姿に彼の目元は柔和になって微笑む。
女の子の頭をポンポンと撫でながら、小さな肩に手を置いた。
「ママが元気でいられるのは笑顔でいるみくちゃんがいてくれるからだよ。“妖精”はそんなみくちゃんの元気をママに届けただけで、みくちゃんパワーがなかったら妖精も困ったたかもなぁ」
「でも、みくも妖精さんいなかったら困ってたよ、、、。ママの顔見ると泣いちゃうから」
「そうだね、苦しそうにしてたら可哀想だし、どうしてあげたらいいかわかんないよね。
でも、もうこのお守りがあるから大丈夫だよ。
みくちゃんがそばにいるだけで、ママは頑張れるから」
小さな女の子に寄り添う彼の優しさは、聞いていた私の気持ちすらも包み込むような気がした。
大切な誰かが辛い、痛いと思っている時、そばにいる私はなんて無力なのかと嘆いた。
代わってあげたい。
こんなにも優しくて温かくて、人を愛しているおばあちゃんを失いたくないのに、どうしてやることもできないのが歯がゆい。
その少女もあの小さな体で不安を抱えて生きている。
まるで幼少期の私を見ているみたいで、あの頃の不安感と恐怖、喪失感を思い出した。
あの子も私みたいにならないと良いと思うと同時に、こうして励ましてくれる存在がどれだけ心強いかと涙腺が緩んだ。
あの頃は父すらも憔悴していて、励ます気力すらなかった。
毎日が終末期みたいに、薄暗い部屋で買ってきたお弁当を食べていた記憶がある。
こんな風に励ましてもらえたら、私もお父さんをもっと気にかけてあげられたかもしれない。
もっと食事に気をつけてみたり、距離を取らずにいられたかもしれない。
今はただ、後悔ばかりで、思い出すのも嫌なくらいに、暗く苦しい記憶しかない。
「妖精さん、また会いに来てね!」
「そうだね、また会いに行くね。
ちゃんとパパと手を繋いで帰るんだよー!」
お父さんと手をしっかり繋いで、夕飯の話をしている姿を見送る彼の眼差しは見守っていて、なんだかあたたかい気持ちになった。
あの少女の姿を見ると、私も父とあんな風に帰った時もあったことを思い出して、苦くない思い出もあったことが嬉しかった。
くるりと体をこちらに向けると、彼は少し気まずそうに戻って来た。
「あの病院のお孫さんなんだ?」
「えーと、ソウナンデスヨネー」
「隠さなくても良いのに」
「妖精さんだなんて呼ばれているのは知らなかったですし、恥ずかしいじゃないですか」
「どうして?」
「その、僕はただ病院で辛い思いするところばかりなのを少しでも和らげてあげたいと思っているだけで、見返り求めてるのかとかそういうふうに思われてしまうんじゃないかと思って、名前とか伏せてたんですけど、、、」
恥ずかしいことなんて無いのに、彼は唇を尖らせてそっぽをむいた。
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