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「ちょっとお手洗いに行ってきます」
「そこ右へ行って突き当たりにあるよ」
新城先輩が教えてくれたが、ここ前に来たことあるんですとは言えずにありがとうございますと頭を下げた。
先輩、顔赤くなってるからそろそろ引き上げ時かな。
てか、あの国司部長がいると僕は聞きたいことを妨害されるから、帰り道くらいは死守したい。
突き当たりのトイレの中は驚くほど清潔感があった。
リフォームしたばかりなのか、最新式の便器。
小汚い居酒屋に似合わないオシャレな内装のトイレは、木の温もりを感じさせる洋風トイレだ。
以前はもっとこじんまりしていて狭いトイレだったのに。
ちょっと気疲れした。
便座の上に腰掛け、はぁとため息をつく。
あの国司部長といると心臓に悪い。
初対面であんな攻撃的なイケメン初めてすぎて、僕がついていけない。
爽やかに見せてる大蛇か、あの人は。
新卒がこんなに部が悪いとは知らなかった。
恋愛ってもっと自由なんじゃなかった?
いや、僕がしてきた恋愛はいつも迫られたものばかりだったけど。
そうか、攻める恋愛って、こんなに障害があるんだなぁ。
もっと気楽に考えてたけど、子供みたいな恋愛観じゃ厳しい。
“もっと頭使わなくちゃ”。
国司部長の言葉が何度も頭を過ぎる。
甘い低音ボイスは殺気に似たものを含んで、僕の心を無惨にも突き刺す。
好きだけではどうにもならない。
スマホをポケットから取り出し、ツイートを送信した。
【飲み会なう。
イケメン部長強い。それでも、頑張るぞ!】
すぐにイイネボタンが押されるフォロワーたちに少し気持ちが落ち着く。
ネガティブな発信なんてあんましたくない。
これは自分を励ますための叱咤だ。
頑張ろ。
とりあえず用を足したら戻ろ。
何かに突き動かされるこの胸の内の感情。
理由を聞かれると答えられない。
ただ、先輩のあの時みた笑顔に胸の奥がどうしようもなく高鳴って、忘れられないんだ。
あの笑顔がいつか、自分のためだけに向けられるなら、頑張ってみたいと思ってしまったから。
スマホからツイートに関するメッセージにコメントがあるとバイブ音が鳴るようになっていたから、ポケットにしまいかけたスマホ画面を見た。
【イツキきゅん、飲み会なんだ!
飲み過ぎないように気をつけてね。イケメン部長って違う部署の人なの?】
【水曜日に飲みいいなー♡
イツキきゅんと一緒に飲みたーい♡】
【イツキキュンの写メ希望!】
【居酒屋のトイレでエロいの期待♡】
【いや、個室の居酒屋なら憧れの先輩に手解きされるイツキきゅんが観たい♡】
まてまて、僕はどこの企画ものの男優だよ。
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