消えない思い出

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私はこの季節が嫌いだ。 正確には、嫌いに「なった」。 元々は嫌いなんかではなく、むしろ好きだった。 命が芽吹き、時折風が強く吹く。 新しい何かが始まると期待させてくれる気候が好きだった。 今まで縮こまっていた心が開放されるような感覚。 それは私の経験則に基づくものでもあった。 それが今となってはこんなにも嫌いになってしまったのだから人生とはわからないものだ。 ・・・いや、目をそらしていただけなのだろう。 私は人付き合いがあまり上手くない質だった。 だからいつも一人。 別に一人でいるのは嫌いではない。 慣れているし、楽だった。 むしろ楽でいないと息苦しさを感じていた始末だった。 そんな私を、あの人は連れ出した。 私という檻の中から。 あの人はどうも大人数で騒ぐのが好きな人らしかった。 毎年この季節になると「花見をしよう」と誘ってくれたのだ。 私はそれが煩わしかった。 どうせ頭数を揃えるための賑やかし要員だろう。 私を巻き込まないでくれ。 そう思いながらも断る勇気もなく、情けなくも着いて行って、 次第にその場が楽しくなってしまった。 あの人が私に声をかけた理由でなんであろうとも、そんなことはどうでもよくなった。 私は、楽をするということ以外の生き方、楽しいということを知った。 それ以降、私は毎年あの人に誘われるようになった。 それが嬉しかった。 あの場にいれること。 あの人に声をかけてもらえること。 私は、確かに嬉しかったんだ。 だから毎年楽しみになっていた。 花見ができるようになるのが。 だけど、今はもう私が誘われることはなくなった。 変わらず咲く花の下で一人物思いにふける。 それが今の私の花見。 あの頃とは全然違う。 あの人も、皆も、変わってしまったんだ。 そして、何も変わらない私は「変わってる」と言われるようになった。 失った「楽しい」を嫌でも思い起こさせるこの季節が、私は嫌いだ。 いつまでも未練たらしく見上げてばかりで、自分では何もできない自分が嫌いだ。 自分のことすら自分でコントロールできていない。 不意に零れる涙をそっと拭う。 ああ、これはきっと花粉症だ。 もう、嫌になっちゃうなぁ・・・。
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