第64話 怨み

1/1
92人が本棚に入れています
本棚に追加
/73ページ

第64話 怨み

リンネは一気に距離を詰め、タケルの腹に拳を入れた。あまりの速い動きに反応出来ず、身構える暇もなく攻撃を食らってしまったタケル。 「うっ……。なっ、なんて重いパンチだ。普通の怨魔の拳じゃねぇ……。ルカのものとは比べ物にならないくらい重い……」 内臓のどこかをやられたのだろう。大量に吐血し、この一撃で腹を押さえ倒れてしまった。そこに再びリンネの拳が襲いかかってくる。 タケルは転がってなんとか拳をかわした。地面を見ると拳の後がくっきり残って、ヒビ割れている。 「高い所から、デカイ鉄球が落ちてきたみたいだ。あんなもん、もう一回食らったら確実に殺される」 更にリンネの拳がタケルの顔面に飛んできた。左腕でガードするも、バキバキと音を立て骨が砕ける。 リンネの拳は、ガードしても防ぐ事が出来ない程の威力。ルカの蹴りを止めた事があるタケルの腕をもってしても、その拳を止める事すら出来なかった。 「ちくしょおぉぉっ!!!!」 タケルも負けじと反撃に出る。リンネの顔面を力一杯殴った。確実に顔面を捉えたが、全く効いていない。それどころか、殴ったタケルの右拳から血が吹き出した。 「まるで、硬いコンクリートを殴ったみてぇだ。全力で殴ったのに平然としていやがる……」 そこにリンネの拳が入る。タケルは脇腹を殴られてあばらを完全に砕かれた。 「ふっ、なんだその弱々しい拳は!弱者め!どうやら、お前は仲間を守れそうにないな。情けない男だ!」 そう言うとリンネはタケルの頭を踏みつけた。 「うわぁぁぁっ!!!!!!」 「もうお前の相手は飽きた。さっさと死んでくれ」 リンネは更に頭を力強く踏みつける。タケルは目の前が暗くなり意識を失いかけた。 「さっさとこいつにとどめを刺して、あの女を連れて帰るか。右腕を切り落として魔神銃だけ持って帰りたいが、連れて来いとの命令だからな」 「やっ、止めろっ……!そいつらに手ぇ出すんじゃねぇ!!俺はまだ死んでねぇだろうがっ!!」 「笑わせてくれる。つまらん友情ごっこかっ!下らん芝居だな。所詮、人間は自分が一番可愛いのさ!もう少ししたらお前は逃げ出す」 「お前も一緒だっ!大事な人を守れない。いやっ!守らない。守ろうともしない。私の夫と同じようにな!愛や友情など綺麗事だ。そんなもの存在しない」 リンネは自分が受けた過去の屈辱を思い出していた。 リンネは夫と娘の三人暮らしだった。それは戦争が始まる直前の出来事。ある日、リンネの家に一人の兵士が侵入してきた。リンネと同じジャポルの人間。 その兵士はリンネの夫を殺そうと、頭に銃を突き付けた。追い詰められた夫は「妻と娘を好きにして構いません……。僕だけは助けて下さい……」 と兵士に懇願した。 それを聞いたリンネは愕然とする。 「あんなに毎日、私達を愛していると言っていたのに……。嘘だったの……」 兵士は夫が家から出て行く事を条件に、夫を解放した。解放された夫は、その兵士に礼を言い、リンネと娘を置き去りにして一目散に逃げて行った。 リンネは縄で縛られ、娘は弄ばれて目の前で殺された。その後、リンネも散々暴行を受ける。兵士の気が済むまでひたすら。その後、兵士はリンネも殺そうと喉にナイフを突き付けた。 しかし、暴行を受けている間に縄が緩んでおり、殺されかけたリンネはとっさに兵士の右目を指で突いて潰した。 兵士が怯んでいる隙に、家にあった斧を持ち頭を斬りつける。夫への恨みをぶつけながら、何度も何度も兵士の頭を殴りつけた。絶命した後も、何度も何度も。 この出来事がきっかけとなり、リンネは特に男性に強い殺意を抱きながら怨魔となる。 辛い過去の事を思い出して、少し気が散っていたリンネは頭を踏みつけていた足の力が弱まる。 タケルはその一瞬を見逃さなかった。 残っていた力を振り絞り、リンネの足首を掴んで投げ飛ばすが、何事もなかった様に着地する。タケルは頭から血を流しながらリンネを睨みつけ、ルカとハヤテの前に立ち両腕を広げた。 「そうだ。お前だけ逃がしてやってもいいぞっ!私に礼を言え。仲間を見捨てて逃げろ。どうせお前も同じだろう?」 タケルは無言でルカ達の前に立っている。だが、ほとんど意識が無い状態。走馬灯の様にタケルも過去の事を思い出した。 タケルは病気で両親を早くに失くし、病弱だった弟のケンジと二人で暮らしていた。 貧しい家庭である事や、病気が原因でケンジはよくいじめられていた。そんなケンジをいつも守っていたのがタケルだった。 「お前をいじめる奴は、俺がぶっ飛ばしてやるからな安心しろよ」 「お兄ちゃん…、暴力はダメだよ……」 タケルはケンカが強く、歳上が相手でも負けた事がない。近所では暴れ者として有名だった。 戦争が始まり、避難生活をしていたある日、怨魔がタケル達の避難所にやってきた。その怨魔は避難所にいた人達を次々に喰らい、ケンジもタケルの目の前で喰らわれてしまう。 タケルは怨魔に殴りかかったが、力が無く何も出来ずに弟が喰われているのを見ているしかなかった。 「早く逃げてっ!!!!お兄ちゃんっ!!!」 タケルはその場から逃げる事しか出来なかった。悔し涙を流しながら。 「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」 その後、我流で腕を磨き、ケンジの無念をはらすため怨魔ハンターになった。しかし、強くなったはずの今でも怨魔には敵わない。タケルはそんな弱い自分に腹を立てていた。 「俺はもう逃げないっ!こいつらを殺るなら、 俺を殺ってからにしろ!!何度も言わせるな!!」 「よかろう。ならば、望み通りにしてくれる!!」 リンネは既に重症を追っているタケルを、容赦なく殴り続ける。その拳はとてつもない威力で、体中の骨を砕いていく。 「死ねぇっ!死ねぇっ!死ねぇぇぇぇぇっ!」 「はっ……、早くとどめを刺しにこい……。その時が俺とお前の最後だ……」 タケルは激しい痛みに耐えながら、決して倒れる事はない。 「はぁっ、はぁっ、はぁ……。なぜだ!なぜ倒れないっ!!!」 血まみれの顔を上げ、タケルはリンネを睨みつける。その目を見たリンネは恐怖を覚えた。 「なんだっ!その目はっ!やめろっ!やめろぉぉぉっ!!!」 タケルの血が飛び散り、後ろで寝ていたルカとハヤテの顔に降りかかった。 「もっ、もういいぞっ!爪で心臓を潰して殺してやる!!!」 「じゃあなルカ……。お前とはケンカばっかりしてたけど楽しかった。出来れば平和な世界で出会って、飯でも食いに行ってみたかった。お前は嫌がるだろうけどな。生きて幸せになれよ」 「ハヤテ、イツキ、ミユ。今までありがとう。これでさよならだ。お前らも幸せになるんだぞ。後は頼んだ。俺はこいつと死ぬ………」
/73ページ

最初のコメントを投稿しよう!