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誠はそんな鈴をなだめながら、一冊の本を取り出した。それは百人一首の本だった。
「この話の作者の紫式部や枕草子の作者の清少納言が詠んだ歌も百人一首に入ってるんだ」
誠は鈴に本を見せた。
57番 めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬまに 雲がくれにし 夜半の月かな
久しぶりに会えたのにすぐに雲隠れしてしまう月のようなつれない方だと、友を嘆く歌。
誠はさらにページをめくって見せる。
62番 夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも よに逢坂の 関は許さじ
鳥のマネをしても──これも元は漢詩ネタ──私はあなたには逢いませんよと、相手を拒んだ歌。
その百人一首の本には水色の付箋が1つ貼られていた。誠は図書委員で、本に付箋を貼ることはのりの粘着部分が付くから嫌いだと言っていなかっただろうか。鈴は誠に尋ねた。
「誠、その付箋は?」
鈴の視線に気がついたようで、誠は慌てたように本を閉じた。
「な、何でもない。あと、これは付箋だけどのりの部分は切り取って紙を挟んであるだけだから栞と変わらないよ。……それより鈴、予習の方は」
鈴が時計を見上げると、それは六時手前を指していた。
「終わってない。……けど時間だ」
「……帰るか。明日の授業はここまで進まないと思うから大丈夫だろ」
誠は鞄を背負う。「先、自転車取りに行ってくるな」と教室のドアを誠が開けると、そこには一人の女の子が立っていた。
「あの……三浦くん。少し、いいかな」
胸の下まであるロングヘアをハーフアップにした、いかにも清楚な女の子であった。
「俺?」と誠は自分を指す。女の子の雰囲気からその子が何をしに誠の元へ来たのかを鈴は察してしまった。
「……誠、先帰ってるね」
鈴は教室から飛び出した。胸のあたりが──それよりも深いところが、痛んだ。
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