君がおくる歌

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 帰り道。鈴が足早に歩いていると、自転車に乗った誠が追いついた。そのまま誠は自転車から降りて、鈴の横を歩く。鈴の中にはさっきの女子のことがあり、二人の間には見えない緊張が走っていた。 「……今日はありがとう。予習手伝ってくれて」 「何てことないさ、このくらい。でも今度数学分かんないとこあったら教えてくれないか?……今日みたいに居残りでもいいし。悔しいけど数学は鈴の方が成績いいからさ」  鈴は思いっきり頷いた。 「いいよ、いつでも。……あのさ、さっきの女の子なんだけど……」  そういった鈴を誠は振り返った。 「俺は断ったよ。好きな人がいるってな」  断ったと聞いて嬉しいはずなのに、好きな人がいると聞いて鈴はショックだった。しかし、それが断るための言葉なのか本当にそうなのかが分からない。そこがまた鈴を不安にさせた。  話を変えようと鈴は口を開いた。 「誠はさ、他の人にもこうやって勉強教えてるの?」  誠は足を止めた。鈴は自分が何か変なことを言ってしまったのかと、誠の顔を覗き込む。その間に誠は何度か口を開いて閉じるのを繰り返した。  そして、何かを決心したかのように口を開いた。 「鈴にだけだよ。今までも……これからも」  そう言うと誠は自転車に乗って遠ざかっていく。  鈴はその言葉を何度も反芻して、去り際の誠の夕日のせいではない、紅く染まった顔を思い出して、ようやく気が付いた。  自分が誠を思っているように誠も自分を思っていてくれていることに。    *  家に帰った鈴が携帯を開くと、メールが届いていた。件名はなしで誠から。たった一言、こう書かれていた。 『浅茅生の 小野の篠原 しのぶれど あまりてなどか 人の恋しき』  鈴は高校の国語の資料集の百人一首のページを出し、その歌の意味を探す。そこには、愛しい人への抑えきれない恋心を詠んだ一首であると書かれていた。  鈴はその資料集をめくり、自分も誠へ一首送り返した。 君がため 惜しからざりし 命さえ 長くもがなと 思ひけるかな ─Fin─
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