眼帯に花びら

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 ふたえまぶたのほうがかわいいと思ってた。由井野(ゆいの)まりんに会うまでは。由井野さんはひとえまぶただけど、目がきりりとしていて、とっても素敵なんだ。それで考えが変わった。  由井野さんは中学に入学してきた女子の中でただひとりスカートではなくスラックスをえらんだひとだ。だから、ああ、あのひとか、と記憶にのこる。悪目立ちするわけではない。話をしたことがないひとでも、みんな由井野さんのことは知っていた。  ただ、ほかのひとと同じ制服だったとしても、やっぱり注目されたんじゃないかな。  わたしがくせっ毛のせいか、由井野さんみたいなさらさらっとした髪にはあこがれる。いつも肩のあたりで切りそろえていて、ふわふわと風とあそんでいるような髪の毛だ。  誰かが由井野さんに、どうしてスカートにしなかったの、とたずねる。まくれあがるのがいやだから。そんなふうに彼女は答えたよ。まくれあがるって、どういう意味だろう。ちかんや盗撮を気にしてるのかな。中学校の三年間は一度も由井野さんと会話する機会がなかったので、彼女の本心はわからない。  高校も一緒になった。由井野さんとわたしは身長と成績はだいたい同じみたいだ。  わたしは勉強もスポーツもたいしたことはない。興味。おしゃれで遊ぶぐらいかな。ヘアー・スタイルを日によって変えてみたり、アクセサリーをちゃらちゃらさせたり。ひとからほめられることは時々だけど、あれこれくふうしてみるのが好きなんだ。  その日はかっこつけて眼帯をして登校した。眼がわるいわけではないのにね。ようやく冬のコートをしまえるようになった春の日だった。 「それ、かわいいね」  由井野まりんさんがはじめてわたしに話しかけてきた。 「写真撮っていい?」  彼女はわたしにスマートフォンを向けた。写真を見てわたしは、なんでかわいいと言われたのかわかった。白い眼帯にピンクのさくらの花びらが一枚くっついていて、それがおもしろいコントラストになっていたからだ。自分では気がつかなかった。春のわたしはいつでもぼんやりしている。  それがきっかけで、わたしとまりんちゃんは親しくなった。だからさくらはわたしにとってラッキー・アイテムだ。でもまりんちゃんはさくらなんて好きじゃないよと言う。 「私が好きなのはピンクじゃなくて赤だから」  わたしの苗字が赤星だからかな、とひとりで都合のよい空想をした。心臓は持ち主にことわりもなくかってにどきどきする。その夜はよく眠れなかった。  まりんちゃんの言うことは矛盾している。私は孤独を愛する女、と言ったかと思うと、わたしをさそって図書館でテスト勉強をする。小説なんて大きらい、と顔をしかめながら、これ、すごく怖いよ、とおすすめの作品をわたしに教える。そんなふうにして、彼女となかよくなってから約一年。ふだんはどうなのか知らないけれど、学校では彼女と一番おしゃべりをしているのはわたしみたいだな、と思う。すると心臓はまたどきどきする。  わたしたちはいま、校舎の屋上にいる。校庭をぐるっと覆うように植えられたさくらの木は、強い風の中で、びゅんびゅんと花びらを飛ばしている。この高さからだと遠くの工場は小さなおもちゃのように見える。  まりんちゃんは最近また流行りだしたスリムなパンツをはいている。中学とちがって高校は私服だからなにを身に着けてもいいのだけれど、彼女はあいかわらずパンツ・ルックだ。その一方で、シャツのボタンはぎりぎりセーフなところまではずされて、この場に男の子がいなくてよかったとわたしはほっとしている。  まりんちゃんは四月生まれで、わたしは三月生まれだから、ふたりがともに十六歳でいられるのはほんの数日だ。 「私たちが同い年なのは今日が最後だね」  そう言って彼女はにっこりした。近頃わたしは、彼女がにっこりするたび、なぜだか頬が熱くなる。  まりんちゃんの細身のからだは屋上のフェンスをひらりと乗りこえる。ああ、スカートだとこういうとき、不便だよなあ、とわたしは思う。  まりんちゃんは言う。 「ねえ、桜の木の下には死体が埋まっている、っていうでしょ。じゃあ、桜の木の上には何があるのかわかる?」  わたしは首をかしげる。  まりんちゃんは言う。 「桜の木の上には、死体になる少女がいるのよ」  そしてコンクリートをぽおんと蹴って、そのまま地面に飛び下りる。  スカートだとまくれあがると言ってたのはこういう意味なのか、とわたしは理解する。そしてわたしも一緒に、さくらの木より高い屋上からふらりと飛び下りる。  理由なんかなくたっていいし、どうだっていい。たぶん、さくらの花をピンクから赤に変えるためなんだと思う。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!