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何日君再来
(ったく、かったりぃー)
内心ぼやきつつ、三剣十河は盛大にため息を吐いた。
大学院に進学して約一カ月。同じ学部に所属し、割と仲良くなった生徒から誘われた生徒同士の交流の為のレクリエーション旅行──ゴールデンウィークを利用して東京から遠く離れた山口県にまで連れ出されたところまでは、まぁよしとしよう。
──だが、しかし。
(何が悲しくて、法学院生……つーか、二十六にもなって、肝試しなんかに付き合わにゃあならんのだ!)
十河も最初は「くだらない」と肝試しの参加を拒否したのだが、付き合いが悪いだの全員強制参加だのなんだの好き放題言う生徒たちに言いくるめられ、結局「最年長の保護者」として肝試しに参加する事になってしまった。
──決して、「怖いのか」の一言に、ムッときたわけではない。うん。絶対に違う。
十河の知らないところで今回の肝試しを計画していたという同級生の一人からもらった小さな懐中電灯を片手に、十河は一人だけ、他の人間と少し距離を取り──最後尾について街灯のほとんど無い山道を登った。
離れていても、静かな山中に前を歩く連中の若人らしい笑い声と女の子達の甲高い悲鳴が響き渡るのが聞こえてくる。
「あー、近所迷惑になるから、もうちょいボリューム下げろよなー。あと、当たり前だけど公道だけだぞー。私有地に入るなよー」
十河の言葉に、「優等生だな、三剣はー」と一人が返し、その向こうからクスクスと笑い声が漏れた。
別に十河には優等生だという自覚やそのつもりは全くなく、単純に法律を学ぶ学生の常識の範囲での台詞だったのだが──大学時代の一浪と二留年のツケが巡り巡ってここに回ってくるとは……と、三年分若い同級生達のテンションについていけない十河は、何度目かとも知れないため息を吐いた。
ああ、そういえば、今日はまだ妹の声を聴いていないと、十河は唐突に思い出した。帰ったらすぐにでも、愛してやまない風月に電話をかけよう……。
(そもそも、何か居たとしても、出るわけねーだろ。オレがいるんだし)
十河はメガネの奥で、苦々しい顔を浮かべながら目を細める。
先祖返りした銀の龍ほどではないが、いわゆる『妖』と言われるモノたちは、悪意を持つ余程強力なモノでない限りは、十河に流れる血を恐れて、逃げてゆくはずだ。
(いや、大体そもそもオレはあいつらと違って、普通の人間なんだから!)
ぶんぶんと十河は首を横に振る。そんなとりとめもないことを考えながら歩いている時だった。
──見つけた──
ぞわりと、十河の背筋に悪寒が走る。
何かの視線を感じ、思わず十河は足を止め、そちらに顔を向けた。
その途端、湿気た草の上に、ボトリと十河の持っていた懐中電灯が落ちる。
「……あれ? 三剣?」
前を歩いていた一人が物音に気付き、振り返って懐中電灯を向けた。
しかし。
「え? 三剣、どこ行った?」
「えー、うそ!」
「まさか怖くて一人で帰った……?」
「明かりもなしに……?」
十河の姿はそこに無く、彼が持っていた小さな懐中電灯だけが、ぼんやりと周りの草むらを照らしていた。
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