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「十河が行方不明?」
またまた冗談を。と、安曇は自分の帰宅を待ち伏せていた表情の硬い雷月に、にっこりと微笑んだ。
しかし、彼は表情を崩さぬまま、その口を開く。
「昨日丸一日、風月に電話がかかってこなかった。今日も今のところ、風月に連絡は無いらしい」
「……それは、紛うことなき一大事ですね」
安曇の顔色が、一気に悪くなった。
風月というのは、十河がストーカー──げふん、溺愛してやまない妹だ。
十河とは母親が違い半分しか血のつながりは無いが、十河のその溺愛っぷりは、それはもう半端なく、もはや病的と言っても過言ではない──と、周囲から生暖かーい目で見られている。
風月本人がやんわりと嫌がろうが、十河の実母慧羅に物理的に張り倒されようが、十河の妹愛は止まらず、メールだけでは足らないのか、毎日一度は必ず、風月の元には、十河から電話がかかってくる。
それなのに、電話が無いとは──一大事に他ならない。
そう考えていた安曇に、雷月が何かを投げてよこす。安曇が掴むとそれは、RX-7の鍵だった。
「少々早いが、お前の犬猫たちにエサはやっておいた」
「……確か、十河は今、旅行中じゃありませんでしたっけ?」
安曇は、雷月と十河に自宅の合鍵を渡している。自宅のドアに鍵がかかっていることを確認した安曇は、そのまま赤いRX-7の運転席のシートに座った。
助手席に座った雷月は、シートベルトを締めながら口を開く。
「大学院のレクリエーションで、山口まで。具体的にはY町という向津具半島にある、日本海側の町だな」
「……最近のレクリエーション旅行は、随分と遠出するんですね」
どおりで自分が車を出す羽目になると思った……と、安曇は苦笑を浮かべた。明らかに新幹線や飛行機で行った方が楽ではあるのだが、山口県は、駅にしろ飛行場にしろ主だった交通手段は瀬戸内海側にあり、Y町とは距離がある。日本海側の空港も、県をまたいだ島根県にあった。
「それについては後で説明するが……とりあえず、慧羅さんには、お前と一緒に十河を迎えに行くと伝えておいた。「ゆっくり休暇を楽しんでおいで」と言っていたから、仕事については心配しなくても、多分大丈夫だ」
「……明日は元々、非番だったんですけどねぇ」
と、残念そうに安曇はため息を吐く。今日はちびりちびりと一人で晩酌する予定だったのだが──安曇の中の、酒の苦手な鬼が、嬉しそうに「よっしゃぁー!」と叫んでいる。
「そんなわけで、オレと亞輝斗とライで、交代しながら夜通し運転しましょう」
「それは……オレは構わないが」
雷月は、鞄の中から、分厚い地図を取り出すと、腕時計を確認する。
今は、午後七時半前──。
「夜通しぶっ飛ばして、十二時間以上は覚悟しといたほうがいい。それでなくともゴールデンウィークだからな……日が昇ると、たぶん道中は込むぞ」
雷月の言葉に、安曇は即刻考えを改めて提案した。
「訂正! 誰かちょっと、助っ人頼みましょう!」
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