何日君再来

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「相っ変わらず狭いわねぇこの車。獅子丸(シシマル)。もうちょっと向こうに寄りなさい」 「申し訳ございません。亞輝那(アキナ)様……ですが、無理でございます……」  後部座席に座る小柄な少女は、実に尊大な態度で、縮こまるように隣に座る黒スーツにサングラスの金髪の大男を睨み上げた。  長い銀の髪に、大粒の青の瞳。身に纏うのはシンプルな白いブラウスとスカートで、見た目だけなら清楚で可憐な十代後半の少女だが、その正体は、妙童鬼──後鬼とも呼ばれる、七世紀前半から今まで生き続けている鬼である。  対して、隣に座る獅子丸は、十世紀半ばの生まれであり、元は酒呑童子配下の小鬼である。今でこそ見た目の年齢は獅子丸の方が上だが、件の大江山の事件の後、亞輝那がしばらく彼の面倒を見ていたというからどうも母子のような関係らしい。 「うっせーぞ亞輝那! オレ様の車に文句を言うんじゃねぇ!」  安曇が仮眠の為に引っ込み、代わりに表に出てきた彼の()の鬼、亞輝斗(アキト)が運転席に座っていた。  長い黒髪は色が抜けて金色になり、バックミラー越しに赤い瞳が少女を睨む。 「大体、オメーのフィアット・500の方が、どう考えても小さくて狭いだろうがッ!」 「解ってないわねぇお兄ちゃんは! アレが可愛いんじゃないの!」  ちなみに世間一般の伝承では、妙童鬼は善童鬼──つまり亞輝斗とは対の存在で、彼の()と伝わっているが、()が正しい。余談ではあるが亞輝那曰く、当時一緒に生活していた義覚(ぎかく)(けん)という、人間の夫婦の逸話が自分たちと混ざって、現在の伝承になっているんだとか。  この狭く小さな車内(空間)で、修験道の開祖(役行者)に仕えていた善童鬼(前鬼)妙童鬼(後鬼)の二匹の格上の鬼が喧嘩している様を、獅子丸はヒヤヒヤしながら見ていた。  一方で。 「亞輝斗。急ぎだけど安全運転で!」  と、五十歩百歩の兄妹喧嘩を、助手席の雷月が冷静に仲裁。  なんだかんだと言っても、好奇心旺盛(・・・・・)で、新しいモノ(・・・・・)が大好きなところは、兄妹そろって実によく似ていると、思わず雷月の顔には微笑みがこぼれた。  ちなみに、『天国の門(Heaven’s Gate)』経由での特例取得で、世間一般的な教習所での講習は受けて無いものの、亞輝那と獅子丸の免許証は一応(・・)本物である。もっとも──名前や生年月日のところなど、どうなっているのか気になるモノの、雷月は見せてもらったことは無いが。 「シュワちゃん。次のサービスエリア入ったら、座る場所変わろう」 「獅子丸です。しかし、そのお申し出、ありがたくお受けいたします。雷月様」  お約束通り名前を訂正しつつ、しかし、これ幸いとばかりに獅子丸は嬉しそうに答えた。が、そのせいで亞輝那に力いっぱい足を踏まれ、悲鳴をあげた。 「……で、だ。雷月。さっき妙な事言ってなかったか? 「それについては後で説明する」って」  亞輝斗が雷月に問う。 「っていうか、私たちにも、詳細を聴かせていただける?」  亞輝斗の言葉に、亞輝那はうんうんと頷いた。  そもそも何故、亞輝那と獅子丸が車に乗っているのか──というと、雷月を助手席に乗せた安曇はまず、父代わりの西塔(サイトー)修司(シュージ)のところに駆けつけた。修司(養父)にしばらく留守をする旨を伝え、そして自宅の鍵を預けて動物たちの世話を頼んだ。  そして、たまたまその場に居た修司()の式神である獅子丸と、これもまた、たまたま通りかかり暇そうにしていた亞輝那を『助っ人』と称して無理矢理車の後部座席に押し込んで、東京を出発したのだった。  こほん。と咳払いし、雷月が口を開く。 「十河が無事、今年T大法学部の大学院に進学できたのは、皆知っての通り……」 「あー……長かったな。まぁ、『Heaven’s Gate(オレら)』に全く責任が無いわけじゃないが」  亞輝斗が思わず、乾いた笑いを漏らした。  一浪二留年は本人含めて周囲が笑いのネタにしているが、十河が努力を怠っていたり、不真面目だった。という訳では、決して無い。 『天国の門(Heaven's Gate)』──それは稀有な異能を持つが故に、迫害を受ける者たちを保護して居場所を提供する代わり、そんな彼らを使役し、只人には対処不能かつ不可解な事件を解決する秘密結社──。  その組織の中心に、安曇と雷月、そして十河は、十代の頃から所属していた。もちろん、学校生活や受験勉強、クラブ活動やその他の行事といった、普通の人間(・・・・・)と同じ生活を、並行してこなしながらだ。  安曇や雷月はそこそこ器用にソツなく対処できたが、不器用な十河は、時には解決まで数カ月かかるような大掛かりな事件に巻き込まれてその対処に追われたり、また、別の時には怪我や呪で外に出歩けなかったり等、出席日数不足(・・・・・・)や、必須単位不足(・・・・・・)に陥り、結果、留年に浪人と撃沈したものがほとんどだった。  ──話題が完全に逸れた。閑話休題。 「もちろん大学院の中には大学からの繰り上がりの連中もいたり、別の大学から入ってきた連中もいたりと、いろんな人間が雑多に集まって来ている。十河の所属する学部の一部の生徒が、互いをよく知らない学生同士、交流の為の旅行を計画した……ということらしい」  ──が。と、雷月は一旦、言葉を止める。どう言っていいモノかと悩みながら、口を開いた。 「妙なことに、この旅行の主催者……発起人が、誰なのか全く判らなかったんだ。学生同士なので学校側は関知してないし、誰が主に計画していたのかも一切不明。風月に連絡が無くて不審に思った慧羅さんが、十河が泊っている民宿に連絡したところ、昨日の夜に『肝試し』の最中に十河が一人いなくなってしまった……とのことだ」  ちなみに──と、雷月はさらに続ける。 「民宿の予約はT大院御一行となってはいるが、偽名でも使ったか、予約を入れた代表者の名は、生徒の中に無し──」  と、言った雷月の言葉を遮るように、「あぁああぁあぁぁぁあ」と、亞輝斗は思わず脱力したような叫び声をあげた。 「どう考えても明らかにこっち(・・・)案件じゃねーか、それーッ! 自称『一般人』のクセに、なんで一人の時に、ホイホイのこのこと付いて行ってんだよーッ! 十河の奴ッ!」 「前見て! お兄ちゃんッ! 危ないッ!」  既に高速道路に入ったとはいえ、少しスピードを上げ過ぎたか──亞輝那の声にハッとし、目の前に迫るトラックを見て、亞輝斗は慌てて追い越し車線に移動して通り過ぎ、ふうー……と、小さくため息を吐いた。 「のこのこ……というよりは、初めから狙ってたのではないでしょうか? 十河様を」 「あー……あり得るかもなぁ。ソレ」  獅子丸の言葉に、亞輝斗は同意する。チラリと横目で雷月を見ると、何か考え込んでいるようだった。  雷月と十河は、『五指(ごし)の龍』と呼ばれる、中国の古い一族の血──それも、直系、純血に近い位置付けに生まれている。 『五指の龍』とは、極めて暗喩的でありながら、それでいて、実に直截的な呼ばれ方である。と、亞輝斗は思っている。  かつての中国において、図案的なモチーフとして描かれてきた『五本指の龍』。かの龍は皇帝を選ぶとされ、同時に、皇帝の象徴である高貴な存在とされてきた。その紋様と同様に『五指の龍』と呼ばれる一族がいる。  彼らは自らの意思で徳を持った皇帝を選び、忠誠を誓って尽くすが、皇帝が徳を失った時は、その前から姿を消し、また新たな別の徳を持つ人間を皇帝に選ぶ──という陰の一族。  といっても、その一族の人間のほとんどは、ほんの少し、身体的および知能的に秀でているだけで、実質普通の人間と変わりない。ただ例外として一部の者が『五指の龍』の血を濃く受け継いでいる。  そして、その一部例外が、此処に──。 「先祖返りのお前さんと比べて、力の弱い……けれども、龍の血はしっかり流れてる十河を、頭からがぶり……ってのは、まぁ、考えられない話じゃねーな」 「……」  亞輝斗の言葉に、雷月は黙したまま。元々おしゃべりな性格でもないが、それにしたって、いつも以上に口数は少ない。  冗談のつもりだったのにスルーされてしまい、肩をすくめた亞輝斗は、後部座席の獅子丸に問いかけた。 「十河が向かった辺りで、ネームバリューのある()はいるか?」 「……はて? 申し訳ございませんが、正直言って、存じ上げませんね」  ズレたサングラスの縁を持ち上げながら、獅子丸は濁すことなくハッキリと言い放った。 「伝承レベル(・・・・・)の話なら、大唐帝国の楊貴妃様が、漂流の末に没された……といったお話が、確かありましたが」 「楊貴妃だぁ? また突拍子もねぇ名前が出てきたなそれは」  獅子丸と亞輝斗の会話に、ピクリと、雷月の眉が上がった。  しかし、雷月が会話に混ざることなく、亞輝斗と獅子丸の会話は続く。 「うーん、それって竹生(たけお)の奴が駄々捏ねて「絶対に唐になんか行かない!」とか言ってストライキした頃? それとも、真魚(まお)の奴が二十年の約束すっぽかして二年で帰って来た頃だっけ?」 「もっと前よ。遣唐使で言うなら、阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)とか、吉備真備(きびのまきび)とか玄昉(げんぼう)とかじゃない? 天皇で言うなら聖武天皇の娘の孝謙天皇あたり」  あー、さすがにその辺は面識ねーなぁ……と割って入った妹に亞輝斗は苦笑を浮かべた。  ちなみに竹生というのは小野篁、真魚というのは弘法大師空海の幼名である。この鬼は、変なところで顔が広く、有名人の知り合いが多い……らしい。 「おい……どうした?」  だんだん神妙な顔になってゆく雷月の顔を、のぞき込もう──として、妹に運転席の後ろを蹴られ、慌てて亞輝斗は前を見た。 「……タイラン」  雷月がぽつりと呟く。 「タイラン? 誰だそれは」  名前からして、大陸の人間だろう。しかし、聞き覚えの無い名に、亞輝斗は訝しむ。 「少し寝させてもらう。たぶん、確実にひと悶着あるだろうから」 「え? あ、おい!」  亞輝斗の抗議を気にすることなく、雷月は静かに目を瞑った。
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