何日君再来

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「なんですか……これ……」  亞輝斗から亞輝那、雷月、獅子丸、そして安曇と交代で運転し、予定より少し早めに辿り着いたものの、車から降りた途端、唖然と安曇が口を開く。  早朝にも関わらず、行方不明になった十河を探すため、既に山狩りを開始しているのか、周囲はやや騒然としていた。  しかし、安曇のリアクションの原因は、そこではない。 「なんだろ……変に反響して、十河の気配が増幅してるような、ハウリングしてるような……どっちにしろ、正確な位置がわかりゃぁしない」  亞輝那も、妙な気配に眉間に皺を寄せた。  そんな中、雷月が目を細め、隣の獅子丸に声をかける。 「獅子丸。さっき車で言っていた、楊貴妃の伝説に関する詳しい詳細を、皆に教えてやってくれ」  慌てる様子もなく冷静な雷月に、獅子丸は一瞬「今ですか?」と眉を顰め不思議そうな顔をしたが、頷く雷月に「わかりました」と口を開く。 「話を要約するなら、安史の乱を生き延びた楊貴妃様が、お付きの侍女と一緒にこの地に流れ着かれましたものの、村人方の看病むなしく、弱ってそのまま亡くなられた……と」  雷月は表情を変えることなく、獅子丸の言葉に耳を傾けた。 「けれど正直申しまして……どうして、ただの村人と唐の後宮で暮らしてきた侍女の言葉が通じたのか等、疑念が残る部分もありますので、あくまでも「伝承」として受け止めるべきかと。全く別の内容ですが、楊貴妃様の伝承は、熊本の方にもありますしね」 「ライ……でも何か、気になることがあるんでしょう?」  不安そうな表情で、安曇が雷月を見上げた。先程の亞輝斗もそうだが、彼らは人の感情に敏感で、それでいて、良い意味でおせっかい(・・・・・)だ。  あぁ、少々一人で気負いすぎていた。と自覚し、思いなおした雷月は、安曇の言葉に甘えることにした。 「こんな話がある。乱が落ち着き、長安に帰った玄宗が、楊貴妃の墓を動かそうと、宦官に楊貴妃の墓を確認させたところ、中は遺体を包んでいた布と香袋のみが残されており、遺体は忽然と消えていた……」 「それって……表向きは死んだことにして、実際は本当に逃げて、山口(此処)漂着したって事かしら?」  亞輝那の言葉に、雷月は静かに首を横に振る。 「彼女は貴妃になる前に、便宜上とはいえ、太真という名の道士だった。また、彼女の侍女には(ヂャン)雲容(ユンロン)という名の後に仙女となった者がいたと言われている」  そして、明確に創作(・・)とされてはいるが、楊貴妃の死後五十年ほどして作られた、長恨歌と長恨歌伝。  皇帝玄宗の命令を受けたある道士が、楊貴妃の魂を探し、海に囲まれた(・・・・・・)仙人の住まう山へと向かい、彼女と出会うという物語。  荒唐無稽な話ではあるのだが、火のない所に(・・・・・・)煙は立たない(・・・・・・)。 「蓬莱(ほうらい)方丈(ほうじょう)瀛州(えいしゅう)……後の時代に大陸にも、同じ地名ができたようだが……古来、彼の国の定義する東方三神山(仙人の住まう地)は、日本(ここ)だ」 「と、いうことは……ライは、今回の黒幕が仙人になった楊貴妃だって、考えてるワケだね」  納得する安曇に、「いいや」と、あっさり雷月は首を横に振った。  思わず安曇は、これまでの話の流れは一体何だったのかと、前のめりにずっこける。 「事は、そう単純な話じゃない。もっとも、楊貴妃(彼女)がどこかで絡んでいる可能性も、決して(ゼロ)とは言い切れないけれど」  雷月は目を細め、左手を前に伸ばした。  長い袖口から覗く手が淡く輝いて、人間(ヒト)とは違う、刺々しい形状へ変化する。 「安曇、オレ(・・)は、なんだ(・・・)?」 「何って、五指の……あッ!」  安曇は息を飲んだ。  秩序の安定()を持った皇帝を選ぶ、五指の龍──。 「もしかして……居た(・・)の? 安史の乱の混乱期に!」 「……ああ」  雷月は肯定したが、彼の表情が少し曇る。  しかし、首を横に振って、雷月は続けた。 「楊貴妃と五指の龍に接点はない。彼女が十河()に執着する動機もない……ただし」  獅子丸の言っていた、海の向こうからの来訪者。  そう、海を超えて漂着したのは、楊貴妃一人ではない。 「(ジィァン)若溪(ルォシー)。歴史に名を残さなかった、楊貴妃に仕えるもう一人の仙女。彼女は泰然(タイラン)の……五指の龍の、最後(・・)の金龍の……恋人だったんだ……」
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