何日君再来

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 ぼんやりとした視界の向こう、揺れる銀色の、長い髪を見た気がした。 「風ちゃんッ!」 「きゃッ!」  飛び起きた十河は、そのままの勢いで、ぼやけた視界の中、銀髪の少女を抱きしめた。  途端、十河の顔面に衝撃が走り、彼はあえなくベッドに再度、撃沈する。 「なんだ亞輝那か……ちぇッ……」 「勝手に風月(アンタの妹)と間違えておいて、その台詞は何だって感じだし、露骨に残念がられると、それはそれで、なーんか腹立つわね」  亞輝那が指をバキベキと鳴らし、ひぃッ! と、十河がベッドの端まで後ずさり──周囲をきょろきょろと見回した。 「えっと……何が一体、どうなったんだっけ?」  眼鏡が無いのでハッキリ見えないのだが、なんとなく見覚えがあるような部屋。思いめぐらし、『天国の門(Heaven’s Gate)』お抱えの、個人病院の個室だと十河は思い至る。  と、いう事は……。 「東京に、帰ってきたのか……オレ……」 「あら、意外と冷静」  亞輝那が答える前に、勝手に一人で状況を把握する十河。思わず亞輝那は感心して、ヒュゥッと、口笛を鳴らした。  そんな中、廊下がやや騒々しくなり、次第にその声は近づいて、ガラリと入り口の引き戸が開く。 「お、起きた?」 「大丈夫か! 十河!」  最初に室内に入ってきたのは亞輝斗だったが、後ろからそんな彼を押しのけるように、雷月が駆け込んできて、十河の手を握る。  冷静沈着な彼にしては珍しく、相当狼狽えているようで、それでいて、涙で潤む瞳の色が、精神状態を表すかの様に、やや金色がかっていた。 「おう。大丈夫大丈夫。オレは平気。そんなことより学校の連中、山口に置いてきちまったけど大丈夫かな……」 「僭越ながら、その件についてなのですが……」  最後に室内に入ってきた獅子丸が、申し訳なさそうに、口を開いた。 「実は今回の件、十河様のご学友の行動力もあり、山狩りの規模が大きく、完全に誤魔化すには収拾が尽きませんでして……やや強引ではありますが、とりあえず『天国の門(Heaven’s Gate)』と警視庁の協力の元、架空の『誘拐事件』を設定いたしました。犯人グループ(・・・・・・)は逮捕され、事件は解決したものの拉致監禁から救出された十河様は薬を投与されており、今の今まで昏睡状態。という事にしておりますので、今回の件につきましては今後、関係者以外には「何も憶えていない」で通していただけましたら幸いでございます」 「お、おう……」  若溪(・・)に、誘拐されたと言われれば、確かにそんな気はするが──警視庁の協力となれば、間違いなく母である慧羅も関わっているのだろう。申し訳なさ二割、説教の予感八割で、頭が痛くなってきたと、十河はため息を吐いた。 (……ていうか、待って。若溪(ルォシー)って誰だっけ? 何でオレ、そんなこと知ってるんだろ)  パチパチと目を瞬かせる十河に、雷月は十河の手を握ったまま、口を開いた。 「本当に、大丈夫か? その……」  言いにくそうに、言葉を濁らせる。いつもの彼らしからぬ様子に、十河は目を細めて苦笑した。 (あぁ、そうか。皓然(ハオラン)だな……)  雷月の姿に、十河(自分)には見覚えのない──けれど、どこか懐かしい、小さな少年の姿が被る。  同時に、自らの手で貫かれ、正しい輪廻に還ったあの女性の姿が、頭の中にちらついた。  十河は納得しつつ、従兄(雷月)の両頬を、両手で挟むようにぺちッと叩いた。 「大丈夫! なんつーか……うーん、上手くいえないけど、知らない人間の日記とアルバムが、たくさん、頭の中に入ってる感じ。ライみたいに、今までの十河(オレ)の記憶が吹っ飛んだワケじゃないし、……うん、意図して触れようとしなければ、なんてことはないな」  本当は、なんてことはない──ワケはない。泰然の悲惨な人生ももちろんそうだが、泰然から十河までの間に生まれた金龍の幼体全員が、本人達も訳の分からないまま唐突に「自死」を選び、その一生を終えているのだから。  そう思いながら沈黙していた雷月の鼻の頭を、十河の指がはじいた。 「……大丈夫だって、言ってるだろ?」  そんなことよりも。と、十河は大きくため息を吐いた。 「やーだなぁ……これでオレも、本格的に、人外の仲間入りかぁ……」  五指の龍の末裔とはいえ、今までは、明らかにヒトから外れた(雷月)(安曇)に比べて、人間寄りだと自負していた。  けれど──と、目を伏せる十河の肩を、誰かが雷月とは反対側から、ツンツンとつつく。  思わず振り返ると「おいでませ(ウェルカム)人外魔境!」とでも言いたげに、亞輝斗、亞輝那、獅子丸が、満面の笑顔で両手を広げていた。 「オレは! 人間だ──あ……」  思わずムッときて、いつものように叫んでしまった十河に、「してやったり」と、鬼が三匹、にんまりと笑う。  微かに苦笑を浮かべた従兄(雷月)が、ポンっと十河の頭に手をあてて、くしゃくしゃとその髪を撫でた。 「いいんだ。……十河はそれで」 「……うん」  目を瞑ると、ほんの少し、誰か(・・)に引きずられそうになる。けれど。  ──うん、そう、大丈夫。十河(オレ)は、大丈夫だから。  心の中でそう呟くと、誰か(・・)の気配が、十河から距離をとるように薄くなった。  それでも、大丈夫。と、十河は()に繰り返す。  貴方が選んだ楊国忠(選んだ王)も、姜若溪(愛しい人)も。  形を変えて、姿を変えて──。  きっと──何日(いつか)君再来(また会える)
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