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哀の勾玉
美しい、勾玉だった。
そして、大きな勾玉だった。
「これは……?」
持ち込んだ人物──関西にある考古学博物館の学芸員だと名乗ったその男に問いかける従弟──十河と、この家の主の息子である豪流の隣で、雷月はそっと、その勾玉に左手を伸ばす。
とたん、室内にもかかわらず、周囲に突風が巻き起こった。
飾られていた調度品が倒れ、吹き飛び、嫌な音が至る所で響き渡る。
「ライッ!」
「すまんッ! トーガ」
尻餅をつきながら非難の声を上げる十河に口だけで謝罪をしつつ、雷月は伸ばした手を握り、そして、掴んだ。
「え……」
ぎょっと空中を見つめる十河と豪流と学芸員。
視線の先──否、雷月の握った左手の先に、一人のうら若い、女性の姿があった。
ふわりと揺らめく衣装は古風であり──また、彼女自身も半分透けて向こうが見えることから、彼女がこの世のものではないことは、明らかだった。
ジッと雷月の黒い左目が、彼女を捉える。
警戒する雷月の左目の虹彩が、じんわりと金色を帯びて、瞳孔が縦に伸び──。
『きゃああああああああああああッ! 化物ッ!』
つんざくような悲鳴で女性が叫んだとたん、再度、突風が周囲を襲った。
雷月は吹き飛ばされ、背後の障子戸もろとも、庭に投げ出される。
「っ痛ぅ……」
くらくらと揺れる視界。
しかし、つとめて冷静に、雷月は室内にいるであろう二人に向かって叫んだ。
「タケル! トーガッ! 勾玉は?」
「え……あーッ!」
十河の答えを最後まで聞かなくとも、事態を察して雷月は舌打ちする。
「スマン、ライ! 逃げられた!」
雷月は目を細め、小さくため息を吐いた。
目の前は、雲一つない青空で──。
「バケモノ……か……」
若い頃……約十年前に切断し肘上までしか残されていない右腕をも使いつつ、ゆっくりと時間をかけて起き上がりながら、忌々しげに雷月は呟く。
左手で苛々と、頭をぐしゃぐしゃと掻いた。
「自分だって、人間じゃないクセに……」
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