哀の勾玉

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「さて、どうしよう」  勾玉を遺失物(・・・)として警察に届け出た後、喫茶店に入った雷月と十河は、お互い向かい合いコーヒーカップを片手に小さくため息を吐いた。  ぐちゃぐちゃになった応接間の片づけは、申し訳ないと思いつつも留守番の豪流(タケル)に丸投げして来た。  顔に大きな傷のある、片腕の無い男──と、悪目立ちする雷月の見た目のせいで、客の少ない時間帯とはいえ視線が痛い。 「まぁ、修司(シュージ)のおっちゃんには、まず間違いなく、怒られるな」  もう笑うしかない。とばかりの態度で、十河は両手を上げた。  部屋の惨状を思い出し、雷月も左手で顔を覆って、頭を抱える。  幼い頃から──それこそ、記憶にないほど昔からああいったモノと相対していたらしい雷月からしてみれば、本当に、近年稀に見る盛大な失敗だと、猛省するしかない。 「まぁ、起きたことは仕方ない。おっちゃんが帰ってくるまでに、なんとかしたいところだが……」  コホン、と、十河が小声で問う。 「ところであの勾玉、一体何なんだ?」 「……知らずに同席してたのか」  能天気に笑って誤魔化す従弟に、雷月は呆れてがっくりと項垂れた。 「親父殿が、主を失って、行き場を失った式神たちに、次の主の斡旋の協力をしているのは、知っているだろう?」  うんうん、と、十河がうなずく。  親父殿、と、雷月が呼んでいるのは、豪流(タケル)の父親であり、西塔(サイトー)修司(シュージ)という名の、神社の宮司だ。  雷月や十河の父親と懇意の仲で、彼らが亡くなってからは、二人にとって、父親代わりをしてくれていた。また、幼なじみの神薙(カンナギ)安曇(アズミ)にとっては、養父に当たる。  前述の通り表向きは、極めて温厚そうな神社の宮司だが、西塔流古武術の師範であり、また、最近は引退気味とはいえ、若い頃から名をはせた、腕の良い陰陽師でもあった。  秘密結社『天国の門(Heaven's Gate)』。そこに所属する二十二人の異能の戦士(ミュータント)。その一人、コードネーム『悪魔』の名を、始めて冠した男として、そのテの裏の世界では、有名人である。  そんな彼の元に持ち込まれたあの勾玉は、大阪府と奈良県の県境にある、二上山周辺で出土したと、雷月は聞いていた。  鶏の卵くらいの大きさの、平べったい、翡翠の勾玉。  出土してからというもの、保管してある棚が突然揺れる、保管ケースのガラスが割れる等の怪異が続き、不気味である──ということは勿論なのだが、同じ場所に保管してある別の出土した貴重な品々が危険である──ということで相談を受け、怪異の原因の調査のため修司の元へ持ち込まれることとなった。  もっとも、先方との約束のその前日、修司当人は至急の用件で泊まり込みで出かけてしまい、代理で雷月が応対することになったのだが。 「っつーことは、なんだ。アレは、勾玉の付喪神か?」 「いや、親父殿はその可能性が高いと踏んでいたようだが……」  言葉を濁す雷月に、「違うのか?」と、十河は問う。 「うん、違う。アレは、魂の欠片……確かに幽霊に近いモノだが、厳密には、幽霊と呼べるほど、はっきりとした目的意思を持たない、太古の人間の、残留思念の塊だ」  長い黒髪を結い、ひらひらとした色鮮やかな衣装は、まるで、高松塚古墳に描かれた壁画の女性か、さながら、物語の天女のようで。 「………………」  女性の悲鳴と、「化物!」という言葉を思い出して、思わず雷月は黙り込んだ。  自分で思っていた以上に、精神的にダメージが入っていたらしい。 「残留思念なら、そのうち力尽きて消えるんじゃねーの? 相当、古い時代の人間っぽいし」 「まぁ、そうだろうが……」  眉間にしわを寄せる雷月に、「まだ何かあるのか?」と、従弟は飲みきった自分と雷月のカップを一つのトレイにまとめ、食器を返却する準備を始めた。 「ああ。気になることがあってな……」  雷月が目を細める。  黒く長い前髪の間からのぞく黒い瞳は、ほんのりと金色がかっていた。
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