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恋なら何度かしたことがある。
いちいち騎士仲間に報告しないだけで
同じ村の幼なじみ、城のメイド、パーティーで出会ったよその国の令嬢、数えるほどだが、見栄えの良いダレンはそれなりにモテていた。
皆煌びやかで華があって、何よりダレンを怖がらず対等に接してくれた。やれ悪魔の手下 だのやれ裏組織のネズミだのと敬遠されていたダレンは、普通に話してくれる人間が嬉しかった。
あの小鬼は────最初は目も合わせないし、すぐ泣きそうになるし、近寄るとビクつくし。花みたいに笑いかけないし喋らないし。可愛くないし。愛しい兄貴分を地獄に突き落とした憎い罪人だし。言動すべてが好みとはかけ離れていた。
(ゴブリンだし。雄だし)
あり得ないっての。あぁ、俺も天使に呪いでもかけられたのか。誰も見向きしない生き物に、非常識な恋をする呪い。
“ダレンじゃ、ないの?”
“えへへ。可愛いなって思っちゃって”
人間のマネをしたみたいなぎこちない微笑を思い出す。あまり笑ったことがないのか、笑いかけられたことがないのか。
ダレンは思う。
あの小鬼は“元々は”どういう人物だったのだろうかと。
ゴブリンが理性が効かず本能だけで生きているというのは有名な話だ。
(本棚。凄い数だったな)
どれだけの本を読めばあそこまでに人間に近い挙動を習得出来るのだろう。
グウェン以外にゴブリンと接したことがないのでノーマルなゴブリンがどんな様相なのか分からない。
いつか、彼が話してくれたら。
何も言わず話を聞いてあげたい。この腕の中で垂れた耳を、できるだけ優しく撫でてあげたい。
そんなことを恋の相手に思ったのは初めてだった。今まで、自分が愛されることだけを快感に感じていた。
可愛らしい笑顔を向けてくる花に虫のように飛びついて蜜を享受する。
甘い時間はそれなりに楽しかった。
それはオリバーもそうだったはずだ。
彼は第一王子になってからというもの毎夜の如く美しい姫君達と夜の会合を重ねていたから。
けれどグウェンを見つけて、地獄に咲く花を知った。
うす汚れた身体に散る微力な燐光は泥にたかる虫の光に過ぎない。
だけど確かに光なのだ。暗闇にいる者を照らす、あらゆる世界の中でも最低辺の命綱。
それはどんなに下層まで堕ちても光は存在し得るという最強の希望だった。
見つけてしまって、愛さずにいられるものか。愛したい。
あのいじらしい生き物を愛したい。
「もっと笑ってほしいンだよなー……」
「……今頃オリバー兄ちゃんが笑わせてやってるかも」
「くそくそくそくそ。出会うのが俺のが先だったら今頃グウェンと塔で抱き合えてたって」
結局のところダレンはこのどうしようもない恋を仲間に吐きたかった。グウェンを紹介したかった。
グウェンの良さを大声で話したくて、でも叶わなくて拗ねていたのだ。可愛いやつだなと羨望させるぐらいに自慢したかった。
「駄目……か。あいつ、可愛くねェもんなぁ」
諦めたような笑いを溢し、ダレンはなんだか無性に寂しくなってテーブルに顔を埋めた。
隣のテーブルからワイワイと騒がしい声が聞こえてくる。
「お前ッ可愛い子じゃねーか!なんでもっと早く紹介しなかったんだよ」
「お前に言ったら獲るだろー」
「獲らねえよ既婚者なめるなよ!」
横目でつついた料理はすっかり冷めきっていた。
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