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思わず小さく悲鳴を上げる。
無数の針がゆっくり血管を流れてくように――あるいは、根のようなものを張り巡らされていくように、細かな痛みが腕を這った。
手首から腕へ、腕から肩へ。血管を遡り、心臓に向かっていく。
声が出ない。
腕を振りほどきたいのに、身体が動かない。
救いを求めてうすいさんの方を見る。その目は臥せられ、祈るようにして俯いていた。
静かな、静かな顔だ。
苦しい。離して。
熱と冷気が頭をぐるぐると循環し始める。
やがて痛みが胸の奥に到達し、
食い破られる、
そう思った途端、ふっと熱さが遠のいた。
掴まれていた腕は解放された。
何をされているのかさっぱりわからない。
死ぬのか?
「ごめんね、」
彼がさっきと同じ言葉を呟く。さっきとは全く異なる、蜜のように艶やかな響きで。その顔には、不気味なほど生気に溢れた笑みが浮かんでいた。
「……あんた、何、」
うすいさんはゆっくりと上半身を起こし、前髪をかきあげた。もう、さっきのような弱々しさはどこにもなく、十も若返って見えた。
しなやかな美しさの青年が、そこにいる。
「花、といったら、信じてくれるかな。」
「は、」
花……?
彼は俺を見下ろし、ぐったりと横たわる俺の胸元に指先で触れた。何をしているのかと思ったが、その指はどうやら文字を書いているようだった。
は、な。
彼は子供っぽくクスクスと笑いながら、話を続けた。
「事情があって、人間の姿で生活してる。きみ、〈寄生植物〉って聞いたことはある?」
小さく首を振る。
「俺はそれなんだ。本来は植物として、植物に寄生して養分を得ているんだけど、人間になるときは消耗が激しくてね。植物だけじゃ足りないんだ。人間から分けてもらわないと、この姿を保てない。だから、今少し、分けてもらった。
おかげさまで、見ての通り、回復した。
ねえ冬尽くん、聞いたよ。きみ、月に一度はここに帰ってきているんだろう?」
――悪いけど、その度に少しだけ、くれるかな。
その言葉のひとつひとつはあまりにも現実離れしているのに、それを紡ぐ唇が、やけにつやつやとして艶めかしく、これは紛れもない現実だ、よく見ろと、俺に訴えかけているように見えた。
「どう?悪いようにはしないよ。少し身体が重くなるだけさ。ほんの少しの期間だ……――あぁ、」
彼が何かに気づいて笑った。なんだ?と思って視線の先を――自分の腰のあたりを見ると、非常にまずいことになっていた。
どういう理屈なのか、持つ必要のないはずの熱が、下腹部で頭をもたげ始めていた。彼はそれを見て可笑しそうに笑っていた。初対面の人間、というか植物の目前で思いがけず晒した醜態で、俺は顔から火が吹き出そうになった。
逃げ出せるなら逃げ出したい。だが、体は全く動かず、ただ木偶のように地面に転がるしかなかった。
これのどこが、〈少し身体が重くなるだけ〉なんだ。
「別に気に病む必要はないよ。こうしたあとは、よくあることなんだ。他の人たちも、何人かそうなってた。生き物としての防衛反応なのかな。死にそうになると、残したくなるっていうよね。やっぱり、若いね、」
彼は笑いながら俺の足の間に手を伸ばし、服の上から爪を立てた。予想していなかった刺激に、喉の奥で短く息が鳴る。
「知ってる。人間はここをよくされるのが好きなんだろ。……してあげようか。俺も久しぶりに気分がいいんだ。普段はこんなことしないけど、きみがさっきの問に〈うん〉と言ってくれるなら、してあげる。どう、」
言いながら撫でさすり、もはやどうにもならない程にはっきりと情欲が形になっていた。有無を言わさないつもりだ。俺はなんの整理もつかないまま、流されるようにして静かに頷いた。
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