二摘目

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 ハウスは収穫を今か今かと待つ真っ赤なカーネーションで海のようになっていた。 「……冬尽くん。」  雨水に促され、その海の中を歩いていく。  中心で止まると雨水は振り向き、いつものようにその指を折り曲げようとしたが、途中で静電気でも起きたかのようにフッと手を開いた。 「どうかした?」 「いや……なんていうか。冬尽くん、身体はだいじょうぶ? フラフラしたりとか、苦しくはない?」 「多少フラフラするけど、別に平気、」 「そう。」  なんだかすっきりしない返事だった。 「なに?」 「いや、別に。」  俺はなんとなく、もう一歩踏み込んでみた。 「別に、二人だから言ってもいいんじゃない? 雨水さん、何か気になるの?」 「……気になるってわけじゃない。ただ、三回目にしては元気だなと思っただけ。もちろん加減はしてるけど……今までの人たちはみんな、もう少し弱ってたから、」  雨水の眠そうな表情に、ほんの少しだけ狼狽の色が見えたように思えた。 「三回で?」 「人にもよるし、加減にもよるけど……」 「はぁ、」  大体三回でフラフラとしはじめ、そこから四回目にいくまでに大抵は医者に運ばれるらしい。まあ俺も二回目で運ばれた身である。そこから仕事を休んで驚きの回復を見せたが。父なんかはだいぶ加減されたようで、そのぶん雨水が弱ることになったとのことだ。    宿主と自己との体力のバランスの舵取りは、案外繊細で難しいようだ。  九来里に来る前から、幾度となく失敗と調整を繰り返してきたのだという。 「今のところの黄金比は、三回思い切り吸って、別のところへ逃げる、ってところ。あんまり長いと、お互いに良くないんだ。情がうつって、ずっと留まろうとしてしまう」 「留まるのは良くないの?」 「そうだよ。」  何が良くないのだろうか。ずっといられるなら、それが一番労力が少なくて、いいじゃないか。  問うてみたが、雨水はそれについて明確な答えを避けた。 「ま、いいけど、」  俺は何ともないと再度伝えると、自分から彼の腕をとった。雨水は躊躇いがちに俺を見た。ややあって、いつもの痛みが腕に現れ始めた。  身体に熱と冷気が循環する。  三回で去るということは、ひょっとしてこれが最後なんだろうか。木場花卉園にいるのも、こうして俺と二人きりになるのも。 「……別に、ずっといていいのに」  知らず知らずのうちに、言葉が口をついて出た。雨水はちらりとこちらを見た。 「確かにさ、会社で一度倒れたけど。あ、これはオフレコね」 「おふれこ?」 「他の人に言うなってことだよ……。あのさ、俺、雨水さんがここに来てくれて、良かったと思うんだよね、結果的に。  ほら、倒れたら倒れたで、たくさん休みもらえて、ジムとか行く余裕できたし、自炊とか始めたし、なんか、久しぶりに友達にも電話とかしちゃったし。  多分ずっと……雨水さんにこうやって吸い取られるよりずっと前から、休まなきゃいけなかったんだと思う。いい機会だった。雨水さんがいなきゃ、こうはなってなかったよ。ずっと擦り切れるまで働いてたと思う」 「……そう、」 「だから、気にしないで、もう少しいていいよ」  嘘じゃないよ、と付け加えた。  雨水は、いつもより少し早くに切り上げた。そのまま、何を語るでもなく、俺の隣でずっとじっとしていた。 「ほんとうは」  俺がしびれをきらして作業を始める直前だった。 「ほんとうは、これきりにしようと思ってた。今日でもう、やめようと」 「だから、居てもいいのに。」 「そうじゃない、」  怯えるようにして、首を振る。 「人に寄生するのは、最後にしようと思ったんだ。」  淡々とした口ぶりだった。その割に、重たいことを伝えられた気がした。彼は生きるために寄生しているはずだった。  それをやめるということはつまり、 「死にたいってこと?」 「まあ、おおむね、そう。別に、人間みたいに自殺したりするわけじゃない。ただ、植物に戻って、待とうと思って。」 「待つって、何を」  彼は俯いて押し黙った。  要領を得ない話だった。ただ、彼が何か思い詰めていることだけはよくわかった。 「……なんかよくわかんないけど、困ったら頼ってよ。俺、ホントにしばらくこのままでいいよ。ちょうどいいんだ。俺、体力あるとすぐ仕事しちゃうから、いいブレーキになるっていうか、」  雨水の重たい瞼が、ほんの少しだけ持ち上がった。虚ろな瞳に、一瞬だ清かな光が宿る。 「そう……、」  雨水は俺に背を向け、作業に入ろうとしたが、あっちを向いたり、こっちを向いたりして落ち着かなかった。しばらくそんなことをしていた後、 「冬尽くん、怒らないで聞いてくれるか。」  まっすぐに俺を見つめた。 「今の仕事が一段落したら、ここを離れてきみの家に行きたい」
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