三摘目

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 部屋につくと、雨水は持ってきた特製の植木鉢をベランダに出し、そのまま外で座り込んだ。疲れているらしい。  冷凍食品で適当に夕食を振る舞おうと思ったが、「食べても意味がない」と断られてしまった。どうやら消化器官はお飾りで、食べたところで水分以外は何にもならないらしい。おかげで雨水はもうここ数年、固形のものを食べていないといった。 「よく母さんたちにバレなかったな。あの人たち、めちゃくちゃ食わそうとしただろう」 「体質だ、って言ったらわかってくれたよ、」  これはもう、完璧にバレていると思うしかなかった。  一人分の食事をローテーブルに広げ、雨水には念のため白湯を出す。ややあって雨水はベランダから戻り、白湯を口にした。それからため息を一つつき、 「追われている、と言ったら信じてくれるか、」  と言った。 「ほはへへふ(おわれてる)?」  冷食のドリアを食べながら聞き返す。  話はこんなところだった。  雨水は貴重な香木の一種で、枝には高い値段がつく。  一部の界隈で、それを狙うものが後をたたないらしい。 「香木って……お香とかに使うってこと? それだけ? それだけのために追いかけ回されてるの?」 「それだけのためだ。何がそんなに価値があるのか、俺自身よくわからない。追いかけてくる奴らは植物ではないし、それに人間でもないからね。ただ、なにか特別な効果があるらしくて、焚きものにも、それに薬にも使うんだそうだ。ほんの少量で、嘘みたいな値段がつく」  そのせいで乱伐の憂き目にあっている。 「前に、なぜ長く一緒にいちゃいけないのか、って聞いたね。それの答えが、これだよ。あまり長くいると、やつらに捕まるんだ。俺たちからは特別ながする。奴らはよく訓練されていて、それを追ってくるんだ。  それでも、植物のまま穫られるのを待つより、人になってあちこち逃げ回ったほうが、ずっと生き残る可能性が高い。俺たちは仲間の植物の何株かと、こうして遠い海の向こうから逃げてきた。  もう、他の仲間がどこにいるのかは全くわからない――俺はひとりで、五十年ぐらいこの辺りを彷徨っている。」 「ご、」  五十年、半世紀? 「雨水さんて今何歳なの?」 「わからない。丁寧には数えてない。けど、ここに来て五十年は本当だ。大阪万博のニュースを見た」  それが1970年の万博なら、その時俺はまだ生まれてすらいなかった。父母ですらまだお互い出会う前だったろう。  そんなにも長い間、逃げ回りながらずっと旅をしている。人の形を保つため、誰かそばにいる人に寄生し、その命をすすりながら。  その五十年の永さ、孤独、恐ろしさなどもろもろを想像して、俺は心臓がぎゅっと掴まれた心地になった。 「でもね、同じような境遇の生き物は結構いるんだ。植物も、動物も……偶然、町中で会うこともある。だからそんなに辛いことじゃないさ。五十年逃げること自体は、そんなに。」
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