★四摘目

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 触れるだけの口づけが、ずっと続いた。  十階から一階まで、永遠のような時間がながれる。  嫌悪も怒りも感じなかった。ただ甘かった。  これでいいのかもしれない。  俺は雨水のことを考えていた。  それから俺に覆い被さる雅也を見て、ああ、代わりになると思った。  雨水の代わりに、雅也に相手をしてもらえばいい。  雅也だって、俺に好意に似たものを寄せている。だからこうして唇を重ねてきたのだ。その気持ちを利用すればいい。きっとうまくいく。  雅也の手が不確かな強さで俺の手に触れる。  簡単なことだ、と思った。その手を握り返し、唇を割って舌を入れてやればいい。  彼はきっとそうしてほしいはずだ。  そうしたら、望み通りにことは進み、雅也は満足するだろうし、俺は雨水のを得られる。  誰も損をしない。誰も傷つかない。  そうだろうか?  本当にそうだろうか?  明らかにそうしたほうが得なはずなのに、俺はその場から一歩も動けず、何も実行に移せなかった。  間の抜けたチャイム音で扉が開く。雑踏と、客引きの声と、どこかのパチンコ屋のBGMが一気になだれ込んできた。俺にはそれが最後通牒のように聞こえた。  雅也は踵を返すと、俺に背を向けたまま、 「寄るとこあったの忘れてたわ。じゃあな、」  といって、そのまま振り返らず、早足で夜の街に消えた。彼がどんな顔をしていたのかわからない。ただその背中はいつもよりもずっと、か細く、小さく見えた。
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