★四摘目

6/7
前へ
/36ページ
次へ
 ソファは軋み、吐息は乱れた。  間に合せの潤滑剤は大した役目を果たさず、雨水は苦しみに耐えかねて声を上げた。  それは快楽という感覚のない彼から得られる唯一の反応だった。苦しそうな声が、たしかに今性交しているという証だった。 「……ごめんね、」  俺はとてつもなく酷いことをしている。  苦しまないで。  でも、もっと、苦しんで。  わけが分からなくなりながら荒々しく腰をゆすり、彼が苦しみにのけぞる姿を目に焼き付けた。繋がった箇所は解けた蝋のように熱く、挿し込むたびに脳を突き上げるような光が身体中を駆けめぐる。  雨水が殺した彼も、こんなふうに情を交わしたのだろうか。決して気持ちの交わることのないまま、ただ身体だけを虚しく重ね合わせて。  やはりあの晩雅也と寝ておいたほうが良かったんだろう。  こんなふうに互いに傷つくしかないセックスをするよりもよっぽど、誤魔化しあったほうが良かった。  誤魔化したほうが、ずっとうまく生きられる。  なんだ、じゃあやっぱり深い関係なんていらないんじゃないか。  ごめん。  ごめんね。  奥に打ち付けるたびに漏れる苦しみの声が、少しずつ枯れていく。その掠れた声がこの上なく艶やかで狂おしく、果ての見えない昂りをもたらしていった。  こんなことをしたって何にもならない。  快楽は次第に悔しさに変わっていく。知らずしらずのうちに奥歯を噛み締めていた。耐えきれずに声が漏れる。自分でもびっくりするくらい濡れた響きだった。  眼の前が白くなっていく。耐えられない快感と身体を引き裂くような罪悪感が同時に出口を求めて彷徨っていた。 「雨水さん。」  彼の名を呼び、彼もまた俺の名を呼ぶ。世界はこの部屋を置いてどこかに去り、ここはどこにも繋がっていない。牢獄にも似た世界に二人きり、二人だけが真っ暗なこの時間を生きていた。  自分の輪郭が雨水に溶けていくのを感じる。  もう何も見えない。見たくない。  身体を雨水の深淵に押し付けながら、長い絶頂を味わった。  疲れ切った雨水の身体を抱えて、ベッドに横たえる。  苦しみに声を上げ続けたせいで、彼の息は酷く乱れている。身体に力はなく、ほとんど死体かと思うほどだった。  雨水は横になりながら、静かに涙を流し続けていた。  その身体全体が、涙の一粒一粒が、俺を責めているようにも見えた。あるいはそう思うことすらおこがましく感じた。俺のために流す涙など、きっとない。 「冬尽くん……」  雨水はかすれた声で俺を呼び、ベッドの隅に座る俺に腕を伸ばした。促されてそのまま彼の隣で横になる。雨水の腕は、俺を力なく抱きしめた。  あのとき彼が殺した男の気持ちが、今ならわかる。 「雨水さん、俺を殺して」  その言葉は自然に口を衝いて出た。命を奪ってほしいというほどの重みはなく、すっと、そよ風が吹くようにしてその言葉になった。  雨水は何も言わずに己の根を伸ばした。白く細い根が、無数の糸となって俺に絡みついてくる。  あっという間に身体は包まれ、皮膚のそこかしこに彼の根がはられていくのがわかった。あの日みたいな痛みはない。ただ、張られていく箇所すべてが無感覚になっていき、  たぶん、いまから死ぬ、  そう感じた。  それは恐怖でもなんでもなく、ただ激しい罪悪感と安堵だけだった。  根のトンネルの中で彼は俺に手を伸ばし、そのゴツゴツした細い腕で、一等強く抱きしめた。  意識は薄れゆき、雨水の声がはるか頭上の海面から聞こえるような気がした。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

87人が本棚に入れています
本棚に追加