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何もかもが性急だった。シャワーも前戯もそこそこに、俺たちは焦るように身体を繋げあった。彼の開けるコンドームの匂いはいやにリアルで、俺は甘美さとかけ離れた感情のまま後ろから、雅也の欲求を飲み込んだ。
男を受け入れるのは久しぶりだった。雨水を失ったあと、あらゆるセックスを試していたときに何度かしたが、それが良かったという記憶はない。
ベッドについた左腕を見下ろしながら、あの夜雨水が受けた苦しみに思いを馳せた。
「苦しいか、」
苦しいよ、と答えれば彼はやめてしまうだろうと思った。俺は首を振った。実のところ、本当に苦しいのか、そうでないのかは判別できなかった。
俺に分かるのは、今自分が雅也に抱かれている、という事実だけだったし、それで十分だった。
抽挿は狂おしく続けられ、その刺激に俺自身も少しずつ熱を持ち始めたので、自分でそこを掴んで高めていった。それが左手であることの意味を雅也は知らないだろうし、一生知ってほしくはなかった。口から甘い声が漏れ出る。
「冬尽、」
彼が吐息混じりに自分の名前を呼ぶ。その声を聞きながら、二人のことを――雅也と雨水のことを交互に考えていた。雅也に腰を持ち上げられながら雨水の腰の感触を思い出し、彼の背に腕を回してきつく抱きしめながら、かつて抱いた雨水の背中の、その背骨の形をなぞっていた。
埋められないものは埋められないままだ。
何も変わりはしない。
俺は相変わらず保身と虚構でまみれた最低の人間だった。
雅也のほうがずっと高潔で美しい。その美しさで、俺の醜さを暴ききって欲しい。そうすれば、少しは救われる気がする。
「……も、無理……むり、いく、っ」
「いくなよ、」
彼は腰を止め、俺の手首を掴んで触っていた性器から引き剥がした。
「俺がいいって言うまで、前触るなよ。」
野性的な眼で俺を見つめながら身体をねじ伏せ、より深く肉をえぐり、激しく打ちつける。思わず声を上げる。
「……苦しいか、」
最初と同じことを俺に聞く。
俺は最初とは違う苦しみを感じながら、首を振るかどうか逡巡した。
「素直に苦しいって言えよ。」
どこかサディスティックな笑みを浮かべながら、雅也は俺に覆いかぶさって腰を止めた。随分深くで止められてしまった。
「言えって。」
「……くるしい、」
促されるまま、その言葉を口にする。その瞬間、身体の奥の、まだ誰一人として触れたところのない場所で、自分すら触れることをずっと避けてきた何かが溶けていくのを感じた。
「くるしいよ、」
くるしい、くるしい。繰り返し口にするたび、その度に、そこが溶けて温かくなっていった。俺はなんだか怖くなった。
「雅也、苦しい、たすけて」
彼は満足気に微笑むと、張り詰めた俺の性器を掴み、同時に腰をゆすった。行き場を失った快楽が出口をようやく見つけ、そこに向かって一気に高まっていく。
俺は激しく達しながら、ほとばしった自分の精液の熱を肌に感じた。雅也はそのまま俺を強く抱きしめ、腰の動きを強めると、恐ろしく妖艶な声を上げながらまた自身も上り詰めていった。
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