六摘目

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 六摘目

「俺は夜の明ける直前の、深い藍色の空の明かりだけを頼りに、向こうの防砂林まで歩いていた。  しばらくして、こっちに近づいてくる人影が見えた。  最初は遠すぎて、人かどうか分からなかった。野生動物にも見えたよ。怪我をした犬のような歩き方をしていたからだ。訝しみながら近づくと、ようやくそいつが人で、片脚は裸足で、もう片方の脚がということがわかった。 ――ああ、そうだ。腕じゃない。確かに片脚がなかった。左膝から下が、まったく。太腿には乱雑に包帯が巻いてあって、杖をついて歩いていた。  見てはいけないものだと思った。俺をどこか――ここではない、常世みたいなところに連れて行く亡霊の使いに見えたんだよ。  だって、あまりにも変じゃないか。こんな夜更けに、足の不自由な男が……それも、片方は裸足で、服なんかすりきれててさ、本当に異様だったんだよ。  そいつは途中で止まって、しばらくは離れた場所から俺を見ていた。俺も怖くなって、その場に留まった。  やがて向こうからふたたび近づいてきて、俺に向かって、曖昧に笑いかけた。 『ひとり?』  俺は返事をするでもなく、ただそいつのことを注視した。眠そうな眼をした、樹木みたいにひょろりと背ののびた男だった。  杖をつくその腕は、なんだか冬尽の腕にそっくりだった。指が、曲がってたんだ。 『こんな時間に、ここに来ちゃいけないよ。』 『……どうして、』 『色々と、いるから。俺みたいなのとか、』  笑いながら、そいつは俺の方を探るように見た。 『ほかに、だれかいない?』 『いない。俺ひとりだけど。』 『そうか……もう、遠くに行っちゃったかな。たしかに、いた気がするんだけど……俺の知ってる人が。きみからその匂いもするのに……残念だな』  俺はすぐに冬尽だと思って、その名前を出した。その瞬間の彼の顔を、お前にも見せてやりたい。 『やっぱり、近くにいたんだね、』  彼は急に涙を流し始ると、杖を落として座り込み、両腕で顔を覆って静かに泣き続けた。しばらくそうしていた。左右で腕が違うことに気づいたのはその時だ。 『……すまないね。きみは、泉ちゃんからはなにか聞いたかい』  俺は首を横に振った。泉ちゃん、というのが誰なのか、まだその時は分からなかった。 『それなら、冬尽くんに、伝えてくれ』  待っていてくれ、って。  いつか会いに行くから。 ――それからそいつは立ち上がり、もと来た方へ帰っていった。防砂林に入ったあたりで、木の陰と星以外何も見えなくなったよ。」  俺はその話を聞きながら、気づくとボロボロと涙を流していた。雅也はその涙をじっと見ながらも、止まることなく最後まで話してくれた。 「……頼む、その場所を教えてくれ。会いたいんだ。大事な人なんだよ……、」 「ああ、わかった。わかったよ。けど、妹さんにも話を聞いとけよ。何かきっと知ってるはずだ」
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