六摘目

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 マンションに戻ると、降り始めた細雨が闇夜をしっとりと濡らしつつあった。  服を着替え、シャワーを浴び、湯を沸かしてコーヒーを淹れる。  マグカップを持ったままソファにもたれかかると、なんだか何年も旅をしてようやく帰ってきたような――そんな安息と疲労を感じた。  ベランダに目をやる。  軒下に置いた大きな植木鉢の葉が揺れるのが見えた。雨水の植木鉢だ。葉は雨に打たれ、滴る水滴が光っていた。  目を閉じ、雨のさらさらという仄かな音に身を任せる。  雨水は今どうしているだろうか。  海岸の林の中で横たわり、波の音に包まれて、同じように雨に打たれているだろうか。  寒いだろうか。  淋しいだろうか。  ひょっとすると――今日俺の声を聞いて、人間の姿に変化し、ふたたび起き上がって彷徨い出ているのかもしれない。  変化に五、六時間かかるというのなら、そろそろ頃合いだった。  雨水。  夜の闇の中、雨に打たれながら一人海岸を歩く彼の姿が脳裏に浮かび、俺の心の中に、現実としてそのまま焼き付いた。  雨水は俺を見つけるためにずっと歩いている。  やがて何処かで諦めて、また林に戻らねばならない。  俺が彼に対してできることは、なにひとつなかった。  ただ目を閉じたまま、彼の姿を静かに瞼の裏へ映し出し続けた。 〈了〉
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