★一摘目

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 彼は俺に覆いかぶさると、上半身をぴたりと合わせながら腕でその場所を探った。彼の首すじからは香水のような甘い樹木の香りがした。  指が服の下に滑り込み、躊躇うことなく熱を持った俺自身に直接触れる。すぐに敏感な箇所を見つけると、ゆるゆると撫で擦った。湿った音がする。  思わず身をよじる。 「い、いやだ……」 「いや?こっちの方がいい?」  指の位置を変える。そういう話じゃない。が、そっちがいいのは本当だ。思わず腕で押し返す。  彼はそれを見た目よりもずっと強い力で押さえつけ、愛撫を続行した。  俺の息はどんどん荒くなっていくのに、彼の息は静かで、落ち着いている。俺ばかりが人間的な反応を示し続けているのは、なんだか滑稽だった。 「……きみには見えない根を張ってある」  彼は顔を寄せ、俺の耳元で囁いた。すでに際まで追い詰められていた俺の鼓膜に、その低い声のぞわぞわとした感触が、痺れるように甘美に感じられた。  汗で服が張り付く。今すぐにでも出してしまいたい。  彼の手の中に、あるいは口の中に、素肌の上に。  淫猥な妄想が止まらなくなっていく。  彼は淡々と続けた。 「痛いのは根を張るときだけで、次からはこれほど激しくは痛まないから安心していい。根は見えないけどしっかり張ってある。近くにいる限り、触れずしてきみを食べられる。……こんなふうに」  もう堕ちる、その寸前で彼は俺から手を離し、身体を起こした。彼は美しく慈愛に満ちた微笑みを浮かべたまま、さっきまで俺を握っていた手を眼の前に突き出した。濡れた手のひらに、昼の光が反射する。  その指が、何かを掴むようにきゅっと折れ曲がる。  瞬間、触れられていないはずの俺の左腕に、くい、と、引っ張られる感覚があった。  今まで感じたこともない、内側から引っ掻かれるような感覚が腕から全身へと伝搬し、俺は震えながら絶頂に達した。  彼は満足げに笑い、屈んで抜き身に唇を寄せ、残っていた液体を吸い取った。 「わかった?冬尽くん。――これからよろしくね、」  さっきの説明の半分も理解していない状態で、俺はまた、流れに沿って頷いた。  夢でも見ているのだろうか?  外に出ると、山から吹き下ろす風が身体中の汗を冷やしていった。  遠く作業台で、父母が弁当を広げているのが見えた。  翌朝、うすいさんは何事もなかったかのようにハウスに現れた。  彼は俺にコデマリの収穫をていねいに教えてくれた。  収穫する頃合いの、見極め方。花の咲き具合、枝のしなり方、切る場所。それに、良い花と悪い花の区別。その説明から、驚くほど花に詳しいことがよくわかった。 ――植物だから、植物のことがわかるんだよ。  だ、そうだ。  ここで働きだしたのも、案外自分の専門性を活かした選択だったのかも知れない。聞いてみたら、たしかに色んな農園を転々としているのだといった。 「なんで転々としてるの?」 「すこし、事情があって、」  それ以上のことは話さなかった。  彼の名前の漢字も、その日に知った。  船見(ふなみ)雨水(うすい)。  うすい、はどうやら名前のようだった。「変わった名前。」というと、作業の手を止めてじっとこちらを見た。 「きみもだね。冬が尽きるって書くんだろ。きれいな名前だ」  その言葉に、なぜかどきりとした。生返事をしながらコデマリに向き直る。  きれいな名前、  無言で下葉をむしっている間、その言葉が、その声が、雨水の昨日の手の温かさを伴って何度も繰り返された。  これはよくない。心の臓まで撫でられるような心地を味わいながら、作業台に向き合った。 「なんだか上の空だね。……昨日みたいにする?」  思わず、鋏を落とした。雨水は晴れの日みたいな笑い声を立てた。 「嘘だよ、もうしないよ。約束は済んでるからね。ああしてきみに〈うん〉と言わせる他に、あんなことをする理由がない」  思いの外、したたかな生き物のようだった。 「あ、この花は少し傷んでるね」  その時点で雨水は俺に興味を失ったらしく、持っていたハサミでパチン、とコデマリの花を一束切りおとした。花嫁の首のような白い塊が作業台にコロンと転がった。
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