準備がよすぎる中本くん

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(あれ、なんか急いでないか? もしかして私のしょうもない愚痴で引き留めてた?) 「……あー。最悪」  勢いで毒を吐きまくった挙句、足止めまでしてしまった。美咲は肩を落として椅子の背にもたれかかる。  予定では午前九時に経理部の真野さんが来てくれることになっている。中本が戻って来たら、もう帰ってくれていいよと伝えよう。 (それにしても、『好きでやってる』ってどういうこと。意味がわからん)  やらなくていい仕事を背負いこむ必要なんてない。いい顔をして何でも引き受けていると、仕事というものは加速度的に増えていくものなのだ。  研修期間中、新入社員とは毎日顔を合わせるが、それぞれの部署に配置された後のことは何も分からない。中本は新卒だったはずなので、年齢的には二十代前半だろう。十歳近い年の差に加えて普段周りにいないタイプだからか、会話が微妙に噛みあわない気がする。 (これが世代間ギャップってやつ? いや、なんかそれも違う気がする……)  もやもやと考えながら頭上を見上げると、ぽつぽつと咲き始めた桜の花が朝の冷たい風に晒されて揺れていた。美咲はぶるっと身震いすると、中本に渡された寝袋のひざ掛けをぎゅっと足に巻き付ける。 (……あったかいなぁ)  思いのほか風が冷たくて、中本が用意してくれた椅子もひざ掛けもありがたかった。一人でここに座っていたら、風邪を引いてしまったかもしれない。 (本当なら、こっちが気を遣ってあげなきゃいけないのに……)  中本がやたらとマイペースすぎるせいか、うまくいかない。  ――ほんとに、会社の花見なんて悪習、消えてなくなりゃいいのに。  桜に罪はないのだけれど。このままじゃ、桜のことまで嫌いになってしまいそうだ。
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