準備がよすぎる中本くん

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 ルーチン仕事をただこなしているだけだと思っていたが。時にはこんなふうに、どこかで誰かが自分の仕事を見ていてくれたり、覚えていてくれることだってあるのだ。 (そんなこと、すっかり忘れていたなぁ……)  うっかり感動してしまい、なんだか動悸がしてくるし、おまけに頬まで熱い気がする。 (い、いやっ。そんな大したことじゃないし! 落ち着け私) 「でっ、でもさぁ。せっかくいい印象持ってくれていたのに、全部台無しになっちゃったね」  とりあえず茶化してしまえ。そう考えた美咲はアハハ、と笑った。 「ほんとは私、全然ダメで。表向きは先輩っぽく偉そうなことを言ってたって一皮むいちゃえば愚痴しか出ないし、そのくせ転職なんてする元気も勇気もなくて。将来の展望も特にないまま、弊社にしがみつく気満々なだけで――」 「ダメじゃないですよ」 「――えっ?」 「広岡さん、全然ダメじゃないです」 「……あっ、そ、そう……」 「今日だって、俺なんかに本音でたくさん話してくれて、めちゃくちゃ嬉しいです」 「…………」 (中本圭吾……、謎の距離感で心の壁をぶっ壊してくる恐ろしいやつ……)  平常心を保つための心理ストッパーが完全に振り切れてしまい、一周回って素に戻った美咲の表情筋は、ついに死滅してしまった。 「あれっ、もしかしてそういうの、言わないほうがよかったです?」  突如無になった美咲の表情を見て心配になったのか、中本が不安げに尋ねてくる。 「ハハハ……。もうなんもわかんないっす」 (ああ。でも……)  自分の動揺を表に出すまいと受け流すことばかり考えていたけれど。中本の言葉はどれも真剣で嘘がない。だからこそ、正面から受け止めるのが恥ずかしくもあるのだけれど―― (そういう人がくれた言葉はちゃんと受け止めないと、相手に失礼じゃないか?)
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