準備がよすぎる中本くん

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 三月最終週の土曜日、午前七時半。美咲は三年ぶりに会社からほど近い公園へとやってきた。 「さむっ……」  三月とはいえ、朝は底冷えのする寒さだ。鞄からストールを出してジャケットの上に羽織ると、桜並木の遊歩道をのろのろと進んでいく。 (三分咲きぐらいか。花見には早い気もするけど、来週末だと遅すぎるかもなぁ)    オフィス街の一角に作られたこのだだっぴろい公園は、ちょっとした桜の名所になっている。開園してまだ二時間半しか経っていないが、既に園内のあちこちにビニールシートが敷かれていた。  後輩の村上から「いつもの場所押さえました」とメッセージが来ていたので、場所取りには成功しているはずなのだが――。  木々の向こうに、いつもの花見スペースが見えてくる。確かに、連絡通りにブルーシートが敷かれてはいたが、そこにいるはずの村上が見当たらない。その代わり、シートの上には寝袋がひとつ転がっていた。  恐る恐る近づいてみると、寝袋にすっぽりと入ってアイマスクを付けた男性が眠っている。急いでシートの端に貼られた紙を確認したが、そこに書かれていた社名は確かに美咲の勤め先のものだった。 (多分、社員の誰か……だよな) 「あの、すみません」  十分な距離を保ちながら声を掛けると、「……ふぁい」と答えたその人はゆっくりとした動きでアイマスクをずらした。 「あっ――、きみは海外事業部の」 「中本です。おはようございます」  中本圭吾くん。確か、去年入社した子だったはずだ。美咲が新人研修を担当したので、顔はまだ覚えていた。 「えっ、もう七時過ぎました?」  職場からそのまま来たのか、スーツ姿で髪はぼさぼさ、目はしょぼしょぼ、そしてよれよれの声。どうやら熟睡していたところを起こしてしまったらしい。 「管理部の村上は?」 「村上さんなら、おなかが痛いと仰って帰られました」 「は――? じゃあ、きみが一人で番をしてくれてたの?」 「はい。あっでも、ここに来るまでは一緒でしたよ」  腕時計をちらりと見て、ぼさぼさの髪を手で抑えながら「すみません。六時には起きて身支度を整えるつもりだったんですが」と恥じ入るように呟くと、中本はのろのろと体を起こした。
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