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私が五歳の時、こっそり宮中の北の庭園の外れのポプラの木に登り、登ったはいいが怖くて降りられなくなって高枝にしがみついてじっとしていたことがある。その時、一番に私を見つけスルスルと登って来て助けてくれたのは、リーゼル王子だった。
ただし私を負ぶって木を降りながら、
「姫が猿の仲間になったとは知りませんでしたね。どうせ仲間になるならもっと詳しく、木登りだけでなく木降りのやり方も伝授してもらったらどうですか?」
と嫌味を言うことは忘れなかったけれと。
いつもいつも近くにいてくれたわけではない。彼も私も大きくなるにつれてそれぞれ大勢の家庭教師がつき、学ばねばならないことは増え、のんびりしたり遊んだりする時間は減っていった。
けれど、たとえばお父様とお母様が異国の婚礼に招かれて馬車でお立ちになった後、私がしょんぼりと図書室の窓辺に座っていると、王子が通りすがりに、
「この本、面白かったですよ」
とさりげなく一冊の本を手渡して行ってくれたことがあった。それは読み出したら止まらないくらい素敵に面白い冒険物語で、そのあとずっと私の愛読書となった。
それから、異国から戻られ居間で家族とくつろぐお母様に、上手にできたと裁縫の先生に褒められた薔薇の花束の刺繍をお見せした時、
「あらいいわね」
という気の無い声と一瞥しかもらえなかった後、自室へ帰ろうと廊下をとぼとぼ歩いていた私を追いかけて来て、
「この前、姫が描かれたあの北の庭園の絵、頂けませんか?部屋に飾りたいので」
と言ってくれたことがあった。いつもは私の絵を見ると、なんだかだとけなしたり皮肉を言ったりするくせに。
「え?あの絵のイルカを見てあなた、北の庭園の噴水にシシャモなんかいましたっけ? って言ってたじゃない!」
と私が驚いたら、
「ええ、あのシシャモが好きなもんで」
と真面目な顔で言って静かに私を見たその眼差しも忘れられない。
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