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気づきから始まる何か
「ラビの国社さん行ってきます。先輩は社長とオーマサさんで打ち合わせですよね。どうせ社長とは現地集合でしょ。一緒に出ませんか」
後輩の莉子に促されて私も時間を確認する。
「私はいいけど、莉子はまだちょっと早いんじゃない?」
「早いっていってもちょっとだし、その前にちょっと近くのショップを覗きたいんですよ。ちょっと煮詰まってて」
そういえばラビの国社のオフィスの近くにはアンティークショップやジュエリーショップがある。おとぎの国のようなイラストを描くことが多い莉子の脳の閃きや刺激にはそういう情報が必要なのだろう。
「じゃあ一緒に出ようか」
莉子の誘いに応じ簡単にメイクを直し春物のコートを羽織ってオフィスを出た。
「きゃっ」
思わず二人同時に短い悲鳴を上げてしまう。
思ったよりも強い春風が足元をすくってビルの谷間に流れていく。
コートをきっちり着ていたからスカートはまくれ上がらずに済んだけど、髪の毛は風の被害に遭ってしまった。
「ここのビルの出入り口の設計ってもっとどうにかならなかったんですかね。がっちりセットしないとすぐボサボサになっちゃうんだから」
莉子がぶつぶつと文句を言う。
「私はパンツスタイルだからいいですけど、先輩は外回りがある日はスカートですもんね。変な気を遣わなきゃいけないなんてお気の毒ですよ、ホント出入りには気をつけてくださいね。うちのビルの出入り口だけじゃなくて地下鉄の階段とか」
「うん。だからちゃんとコートでスカート押さえてるから大丈夫。ちょっと暑いけど」
夫の好みのシフォンのスカートは風に弱いからコートが欠かせない。
最近は冬が終わるとすぐ初夏のような陽気になるから春の時間が短い気がする。まだ4月の前半だというのに今日はコートを着るには少々暑い。
今度の休みにはもっと薄手のコートを買いに行こう。
社長からは十分すぎるお給料をいただいている。だから夫の好みだというシフォンのスカートをはくことは私の業務内容の一つだと思っている。
「社長が『俺と出かけるときはスカートで頼む。タイトなやつじゃなくてふわっとしたやつ』だなんて言い出したときにはフロアにいたスタッフ全員の目が点になったって聞きましたよ」
「そうね。滉輔さんが『仕事着にお前の好みを押しつけるな』って言ってくれて社長に同行するときだけって事になったから、それなら許容範囲だわってことで」
私が思い出してクスクスと笑うと
「先輩は旦那さんを甘やかしすぎです」
莉子がぷくっと頬を膨らめた。
「こんな素敵な奥さんがいるっていうのに、社長また女性と噂になっていたそうじゃないですか。信じられません。だいたい社長はーー」
「はいはい、ストーップ」
人通りも多い路上で私のプライベートな話題に触れてきた莉子の唇を人差し指でむにっと押さえて止める。
「ここでこの話はもうおしまい」
ね、っと首を傾けて目力を強めると莉子ははっと気づいたようで「はい・・・スミマセン」と小さく頭を下げた。
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