Ⅱその裏幕の足音

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万事休す。 そんな事が頭を過りながら、幽玄はそれでも最後まで目を逸らせなかった。 小さい頃から叩き込まれていた精神が、幽玄をそうさせていた。 同じ死ぬなら、恥じぬ最期を。 誰が教えたわけではない。この歳で既に沢山の人の死に遭遇してきた幽玄自身が、自然と身に付けた心構えだった。 そんな幽玄に、血脇は何か満足そうに笑みを浮かべる。 「流石だな。褒めてやる」 その言葉が餞だと言わんばかりに口角を上げる。 カチッ──。 トリガーを引く音が、何故か鮮明に響いた。 その瞬間、部屋の中が急に騒がしい事に気づいた。 騒ぎで風呂場にいた全員の意識が外へ持っていかれる。 形勢逆転のチャンスを幽玄は見逃さなかった。 押さえつけている腕にかかる圧が少し軽くなったのを感じ、力任せにその僅かな隙間に全ての神経を注ぎ込み引き抜く。そして滑り出した瞬間、押さえつけていた男の頭を踏み台に蹴り飛ばす。その反動で血脇に飛び掛かると躊躇いもなくその手に持っていた拳銃を奪った。 力任せに指からもぎ取ったため、血脇の指が在らぬ方向へ曲がった。 苦悶様で手を押さえると、幽玄を睨み付ける。 「は……はははっ──。流石坊ちゃんだ。この一瞬で形勢逆転とは。だが……それだけだ。お前にはその引き金は引けない」 そう言うと、勝ち誇ったように再度手を差し出した。 「人の死に遭遇していても、まだ人を殺したことの無いお前には殺せない。さぁ、渡せ。今なら取引に応じてやる」 その言葉に最初理解が追い付かなかった幽玄は、直ぐにそれが何を意味しているか確信する。 「血脇さん、これどうしますか?」 引きづられて血脇の傍に差し出されたのは、手加減なく殴られたのであろう凄惨な姿のフユキである。 (今まで大人しくできたのに何でここで暴れたんだ!) 幽玄はその姿に叫びそうな自分を律する。 もう動く気力もないのであろう、その姿には力もない。ただ、ふっと幽玄と視線を合わせるとフユキは微笑んだ。
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