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もうフユキから涙は流れていなかった。
幽玄は逆に感心する。
最初はどうしようもない程不安な色をしていた目が、覚悟を決めていた。
カタギのそれも少女にそんな度胸があるとは驚きだった。
別に幽玄が場慣れしているわけではない。
ただ、同じ穴の狢というのかその世界で異質が常識のように育ってきた。
だから、少々の事でも動じない精神と化したのだと幽玄は思っていた。
同じような今の状況で、それをフユキに求めるのは酷だと思っていたのだ。
それは仕方のない理だと認識していた。
それがフユキの瞳に光が戻る。
何故か幽玄は勿体ないと思ってしまった。
子どもながらに、人を見極める目は培われてきた。
その目が──勘が幽玄に告げる。
一瞬、フユキもこちらの世界の人間なのかと錯覚してしまった。
「お前の母親はあの出入りしている女だろ?」
幽玄は情報の整理を始めるかのように、今までの状況を質問し始める。
「出入り? あ、うん。やくづくりしているって言ってた」
「役作り……か」
母親は女優だという事は聞いていた。
では……。
「父親は何してんだ?」
「お父さん? 仕事している人」
アバウトな返答が返ってくる。
幽玄は首をひねった。
「仕事している人……何の仕事をしているんだ?」
「うーん、知らない」
フユキは特に気にすることなく、それが普通のようにそう話す。
何となくそれで幽玄の中に答えが出た。
(言えない仕事……なのか。それなら何となく納得かもしれない)
自分の中で一つ答えを出す。
そして、それなら話は早いと位置付けた。
「多分大丈夫だな」
そんな事をつい呟く。
「えっ、何か言った?」
フユキは全く気にしないかのように、その言葉に反応したが突っ込むことはしなかった。
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