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その場の空気は冷ややかで、意識はどこへ向けられているか分からない程張り詰めていた。
廊下の向こうで暴れている声が、その静寂に時間軸を描写させる。
──……そんな内輪の揉め事ぐらい、幽玄がいるこの時を避けることができないのか?
幽玄も彼の後ろに控える者も、誰もが呆れて指摘すらしない。
だが逆に、余りにもお粗末な展開に幽玄は違和感を覚えた。
その裏付けのように、店長である男は動揺していた。
この展開はどうやら想定外なのが誰からも伺える。
「いえ、その……今日は少し想定外と言いますか」
そんな言い訳を繰り出し、流れ落ちる汗を拭っていた。
この喜劇にしても笑えない状況に、阿紀良は幽玄を見る。そして幕引きを提案した。
「ユウ、もういいか?」
外野は他の者に任せ、阿紀良の銃口は店長を捉える。
しかし、幽玄は無言で制止した。
いつもはあっさりとしている幽玄なのだが、今は歯切れが悪かった。
どうしても何か引っかかっているようである。それが判断に迷いを生じさせていた。
(なんだ? この違和感ばかりの展開は)
自分がこれほど翻弄されるのはいつ振りであろうか、と思いを巡らせる。
やはり頭を過るのは、玉響という普段は出てこない兄の存在だった。
──……何を企んでいる?
未だに、幽玄はその答えが見えてこない。
だが、その答えはすぐ目の前に存在していた。
扉の向こうで問答している争う声に、幽玄の傍で控えていた者が一斉に銃を構える。
狙われているのが幽玄である可能性も考えられ、先手を打とうと扉を蹴り破った。
──……ドォォンッ!!
「きゃっ!」
扉を蹴り破る鈍い音と同時に、小さな悲鳴を幽玄は捉える。
視界に飛び込んできたのは、扉の向こうに小さく蹲っている場違いな女の子。
「──……!?」
柄にもなく、幽玄の思考は一瞬停止した。
そして彼女について見間違いではないと、幽玄は自身を疑う。
そこに蹲っているのは、確かにクラスメイトである不知火斑雪だった。
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