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(この声……どこかで聞いたことある気がする)
本当のところは思い出せない。ただ、聞いたことがある程度だ。
再度その声の主を見るが、髪を軽く後ろに流し、ジャケットを羽織っているこの若い男は記憶にない。
容姿から若いことは何となく捉えることができる。
だが、こんな冷たく見下す瞳は斑雪の記憶には無かった。
「斑雪が……妹がいいって言ってんだから、いいんだよっ! 合意の上だ、文句あるのかっ!」
兄の叫びで、斑雪も我に返る。
自分が置かれている状況を再認識し、押し黙ってしまった。
そんな二人を、幽玄は黙って眺めている。
他所様の家庭内事情なんて、幽玄には知った事ではない。
本人がいいって言っているのなら、問題ないのである。
後に残る社会的な問題は、勝手にこちらで法の目をかいくぐればいい。そんな心配は一切なかった。
今までそうやって沈めてきた。
泣きながら沈んでいく者には幾多となく遭遇してきたが、幽玄には何の感情も湧かなかった。
そいつらの人生に感傷していては、精神がいくら鋼でも持たない。
沈められる状況へ誘導された方が悪いのである。
だから、幽玄には全く感情は伴わなかった。
今、微かに引っかかる感情に、幽玄は動揺していた。
斑雪がどうなろうと知った事ではない。そのはずなのだが……。
「おい、こいつの借金って、この女だけで何とかなるのか?」
幽玄が再度確認する。
「働き次第だと思いますが……現時点では足りないと」
びくつきながら、店長はそう説明する。
幽玄は「ふぅーん」とカラ返事をし、「じゃあ、足りねぇんだよな」と口にして、ニヤリと笑った。
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