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⑧幽玄の戯れ
阿紀良の脳裏に嫌な何かが過る。
幽玄は慎重派なのだが、たまにギャンブラー的な勘を働かせることがあった。
それはそれでいいのだが、尻拭いが自分に回ってくる。
その度に幽玄は、「あーゴメン」と笑っていた。
(今回もそのパターンな気がする。絶対そんな気がする)
阿紀良もバカではない。
学習している第六感からの警告音が、かなり大きな音を立てて鳴っていることに冷や汗が落ちる。
「なぁ、店長。お前って俺に接待予定だったんだよな」
幽玄から想定外な言葉が出て、一瞬店長を含めその場の人間は面食らってしまった。
阿紀良だけが直ぐ我に返り、『嫌な予感がここか』と青ざめる。
「なぁ、せっかくだからそのおもてなしとやらを受けてやるよ」
「なっ……!? お前!!」
阿紀良は頭を抱え、項垂れていた。
その場の全員が目を見開き幽玄を見つめる。
その言葉に対して、店長である男が訝しげに幽玄を見る。
幽玄だけがニヤリと笑い、阿紀良に無言で指示する。
顎だけで使われる阿紀良だが、それでも言う事をここまで理解できるのは阿紀良ぐらいであろう。
何も言わず顔を上げると、『オレは知らんからな』と言いたそうな視線を投げた。
「おいっ、そーいうことらしいから、目一杯おもてなししてもいいぞ」
阿紀良からのその言葉が、最初どういう意味で捉えていいのか分からなかった店長は、動揺しながら辺りを見回す。
幽玄と一緒にやってきた男たちの一人が「また坊ちゃんの気紛れですかね」と囁くのを聞いて、その言葉に対して素直に従っても問題ないことを悟り、恐怖が拭えると不敵な笑みを浮かべる。
千載一遇のチャンスと捉えると、大急ぎで立ち上がり「さぁ、いらっしゃいっ!!」と斑雪の腕を捕まえ口角を上げニヤリと笑う。
何が何だか分からない斑雪は「えっ? ええっ!?」と流されながら、その場から引っ張り出され、店長と共に退場した。
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